第12話 地方の街1

 ショコロに乗って2日にもなると、普通はとてつもなく尻が痛くなってくる。

 俺たち3魔も例外ではなく、尻の痛みは絶頂に達していた。


「ちょっと……限界……」


 ネネはそう言うと、ショコロから静かに降り、その場にうずくまった。


「あ、だいじょうぶか?」


 言いながらショコロから降りると、俺ももう立ち上がることができなかった。


「ちょっと回復魔法かけますんで」


 マハがそう言い、尻のダメージを少しだけ回復してくれた。


 おかげで歩く分には問題なさそうだ。

 ショコロはその場で放し、歩いて行くことにした。


「いやあ、ショコロってさ、でっかいアヒルみたいじゃん。速いのいいんだけど、揺れがすっごいんだよね。マジでケツ死ねる」


 まあその揺れに我慢して1日半は乗ってきたおかげで、大分進むことはできたが。


 日も沈み、夜闇の中進むのもどうかと考え始めたとき、目の前に無数の光が現れた。


「あれって、街の魔灯火?」


「ああ、聞いてた通りの光景だ。かなり発展してるみたいだな」


 魔法庁でもあれほどの魔灯火は見たことがない。

 よほど発展している街のようだ。


「あの街は人間の街ともかなり近いし、昔から交流があるからかなり文化が入っているんだろう。あの様子じゃ、魔物っていうより人間に近いんじゃないかな」


 人間の文化を吸収した魔物。

 これは期待できる。

 どんな特殊な能力を持った猛者がいるか。

 楽しみだ。


「あいつらマジヤバくね?」


「うわ。あんな服どこで売ってんだろ」


 道行く人々のあからさまな蔑視に思わずたじろぐ。

 街はとても発展している。

 それは確かなのだが、この人々の様子はどうだ。

 ここまで見かけだけで蔑まれることなど経験したことがなかった。

 人間時代を含めても、だ。


「あいつら何であんなに私たちのこと見て何か言ってんの?」


「感じ悪いっすね。勝負すんなら言ってくりゃいいのに。シャイなんすかね」


 シャイではないと思うよ、多分。


「あの建物が国府らしいから、とりあえずあそこまで行こう」


 しかしこの街の賑わいはなかなかのものだ。

 辺境の大物魔族のひとつ、ガランの中心地として古から栄え、ガランが国の樹立を宣言してから繁栄の極みを迎えているとのことだ。


「あの店、すごくないですか?一日中あいてるらしいっすよ」


 見ると、24時間営業と書いてある。

 そんなにあける必要があるのか、という疑問は別として、それだけ安全で治安がいいということだろう。

 正直、サマゲート王国のどの街よりも安全な気はする。


「何見てんだよっ!?」


 いきなりの大声。

 フードを頭からすっぽりとかぶった若いドラゴンがこちらに近づいてきた。

 ドラゴンが近づくだと!?

 俺は閃光矢を最大出力で放出できる状態まで瞬時に魔力を高めた。

 ネネも当然、そうしている。


「おお、マーくん。やっちゃうの?」


 仲間のドラゴンも次々と近寄ってくる。


「お前らヤバくね?この人、マジヤバいんだけど。知らねーよ。路地裏の神話って呼ばれてんだけど」


「ええと、それはすごいのだろうか?」


 俺は丁寧に聞き返した。

 知らない土地で面倒を起こしたくはない。


「は!?なめてんだろ、お前よう!!」


「うーん、じゃあ戦うか」


「ちょっとちょっと、さすがに魔導士長がやる相手じゃないっすよ。俺でいいっしょ」


「でもドラゴンだし。普通に考えると強いはずだし」


「路地裏の神話には勝てると思いますよ」


「殺っす!!」


 ドラゴンが殴りかかってきた。

 

 ドスッ

 

 マハに1Pのダメージ。


 マハの攻撃。


 メラッ


 ドラゴンに8Pのダメージ。


 ドラゴンを倒した。


 マハは3の経験値、5Gを獲得した。


「うわっ…ドラゴンのHP、低すぎ…?」


 あまりの弱さにマハが叫ぶと、仲間のドラゴンたちは一斉に飛んで逃げた。


 その背に反射的に閃光矢を射とうとしたネネの手を、俺は抑えた。


「それ以上いけない」


 しかしなぜ最強種族であるドラゴンがこれほど弱いのか。

 しかも火を吐くのがドラゴンのドラゴンたる所以だと思うのだが、彼は殴りかかってきたのだ。


 これは本当にドラゴンなのか?

 ドラゴンに酷似した亜種、あるいは擬態種の可能性すらある。


「まあ、勝負には負けたけど、魔物的には勝ってるし、これでとりあえず許してやっから」


 ドラゴンが起き上がり、悠然と去ろうとした。


 はぐっ


 ネネの見事な回し蹴りが腹部に決まり、ドラゴンは膝をついた。


「魔物的に何だって?」


 あ、そここだわるんだ。


「あ、いや、とにかく今日はこのぐらいで勘弁して差し上げてもいいかなって思ったりして。いえ、まあ、とりあえず無かったことで」


 そそくさと飛び去ろうとしたその背に俺は飛び乗った。


「ねえ、君ってさ、どうしてそんなに弱いの?」


 ものすごく聞きたいことだ。


「え、いや、俺これでも路地裏の神話って呼ばれてて」


「知ってる。それってさ、誉め言葉なんだよね?」


「はい」


「神話の君がこれだけ弱いってことは、ほのぼのエッセイの仲間たちはどれだけ弱いんだろう」


「はあ、俺より相当弱いっすよ」


「でもドラゴンなんだよね?正式な」


「ええ、俺の父ちゃんも母ちゃんも先祖代々からドラゴンです。ご先祖様は勇者と戦ったこともあるって言ってました」


 おお、この辺りにまで来ると勇者伝説は生きているんだ。

 

「勇者のことは後で聞くよ。何でそんなに弱いのか教えてくれる?」


「ええぇ、そんな弱いっすか、俺。何か凹んじゃうな……」


「メンタルまで弱いのか、君は。あきれたな」


 ここまであらゆる面で弱いということは、遺伝的なものというよりも後天的なものだろう。


 おそらくこの環境だ。

 人間よりも人間的なこの文化にあふれた環境が、彼らを弱くしているのだろう。


 思えば、普通の魔界には街がないし、当然路地裏もないし、そうなると神話を作りようもない。

 普通の魔物ならば順位決めの戦いは日常の一部としてあり、それに勝てば生き残り、配下が増えるだけで、それを誇りにすることも特にない。


 よく分からないが、彼らは戦いをしたことがないのではないか。

 おそらく赤ん坊時代のじゃれ合いを、大人になってもしているのではないだろうか。

 魔物としてまともに育っていないため、これほど弱いのではないだろうか。


「でもドラゴンだろ?火は吐けるんだろ?」


「あ、学校で習いました。でも街中で吐いたら捕まっちゃうし、危ないっすよ」


 ほほう。

 火を吐くことを制御できるドラゴン。

 これは期待できる。

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