第10話 ご存知なのですね。あの鼓動を
ヴァルハートと呼ばれるこの世界は、大きく人間の住む土地と魔物の住む土地に分けられる。
魔物の住む土地のうち、魔王の支配する土地は6割ほど。
残りは、大小様々の勢力を持つ魔族の大物が群雄割拠している状態だ。
魔王の支配する土地は、比較的領土が安定しているが、その他の魔族の大物たちの支配地はそれぞれでまったく様子が違う。
特に発展していないとされる西方では、常に魔族同士、魔族と人間との勢力争いが繰り広げられているという話だ。
サマゲート王国という世界で最も発展している国のひとつで生まれ育った俺の弱点のひとつが、あまり西方のことを知らないということ。
というより、まったく西方のことは知らない。
噂レベルでも知らない状態だ。
「ということで、旅をしようと思います」
ショカミは俺の決意を聞くとしばらく目を閉じ、深い息を吐いた。
「ご存知なのですね。あの鼓動を」
一瞬何のことか分からなかったが、俺の頭の中にあったぼんやりとしたものがその言葉で形を成してきた。
「ああ、あれはそういうことだったんでしょうか。どこか遠いところで、何か重いものがもやもやとあるような、段々その重いものが大きくかぶさってくるような、そんな不思議な感覚をここ最近感じていたんです。それは、何かが生まれて育っている、その何かの鼓動なんでしょうか」
ショカミはじっと俺を見つめ、答えた。
「私も一度だけ、この感覚を味わったことがあります。もう千年以上前のことになりますかな。ただ、あの時に似ているような、似ていないような。とにかく、何かが起こりつつあるということだけは確かでしょう。あなたもそれを感じている、それが何よりの証拠です」
これはやはり、自分の目で見てこなければならない。
旅に出ることを発表すると、やはり一番にネネが口を開いた。
「何それ? 私もついてっていいよね?」
「そうだね。ネネも世界を見た方がいいと思うし。あとはマハも」
この状況で身内を残さず、後事をすべて他人に託すというのは、人間の世界ならば自殺行為だろう。
これが魔界のいいところ。
序列さえ確定すれば、あとはみながその序列に従う習性があるので、自分や身内がいない間に裏切られるといった要素をほぼ考えなくてよいのだ。
「マハか。確かに、伝令役にぴったりだもんね」
「うん、それもあるにはあるけど。空間遷移魔法って、何度か行って魔場とか地場とか地形とか空気とかすべて把握しているところにしか移動できないんだ。だから、この魔法庁に帰るのは簡単だけど、その間俺たちが旅先で移動したりしたら、そこに直接来ることはできないんだ。それに旅先の土地をうまく把握できるか分からないし。要は、何かに役立つってよりも、マハの将来に期待してるってことだよ」
「へー、あのマハにね。ただの育ちの悪いヤンチャ坊主って思ってたよ」
ゴブリンの歳は見かけから判断しにくいが、マハは実はまだ15歳にしかなっていない。
数百年生きるのが当たり前の魔物の中では、赤ん坊と言ってもいいくらいの年齢なのだ。
それが独力で空間遷移魔法を身につけているということは驚愕すべきことなのだが、みなまだそれに気づいていない。
魔物はそれぞれに特殊な能力を持つのが当たり前なので、他魔の能力に驚くといった感性がないためかもしれないが。
出発するまでに決めなければならないことの多さにうんざりしながらも、粛々と準備を進めた。
そのおかげで、3週間もすると、出発できる状態になった。
旅立つ日の前夜、旅の成功を祝って壮行会が開かれた。
「では、偉大なる魔導士長、ルル・ライウ様の旅の成功を祈って、三本締めとさせていただきます。よー、よよよいよよよいよよよいよい、はい、よよよいよよよいよよよいよい、はい、よよよいよよよいよよよいよい、はいぃぃ!!!! ありがとうございました!!」
魔界にも三本締めが存在することに驚愕しながら、俺は自分の部屋に帰った。
他の連中は朝まで飲むのだろうが、俺たちは明日は早くに出発しなけらばならない。
まずは空間遷移で7日ドラゴン行程ほど進み、そこからは歩いていくしかない。
「ああ、ここにいたのか」
チューラがベッドに腰かけていた。
「しばらく会えないからね」
チューラはそう言うと立ち上がり、ペンダントを外して俺の手に握らせた。
「私の家って、実は由緒正しい家系なんだって知ってた? あんたんとこみたいに何年か前に引っ越してきたんじゃなくて、あの村ができたときからいる一族なんだ」
不審そうな俺の顔を撫でながら、チューラはささやくように語りだした。
「村ができたときって、世界から何もかもがなくなってたんだって。国も村も何もかも。それを一から作り直したのが私たちの先祖なんだって。で、何で何もなくなったかって言うと、魔王様が関係してるんだって。魔王様の力は巨大で、世界の何もかもを吹き飛ばして、新しい世の中を作ろうとしたんだろうって。私の先祖はその志に打たれて、何もない土地に家を建て、畑を作り、子供を生んで、村を作っていった。あんた見てると、何か新しいものを作るってこういうことなのか、って、昔話に聞いてた先祖のこと思い出しちゃってさ。で、このペンダント。この中に、村を作った先祖の魂がこめられてるって言われてんだ。あんたにさ、持ってってもらいたくて。いいでしょ?」
「ああ、ありがとう。本当にありがとう」
俺は彼女を抱き、何度も頭を撫でた。
ひょっとして、チューラも何かを感じ取っているのかもしれない。
西方の異変を。
とにかく、確かめなければ。
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