第9話 お前もその契りに入れてやるよ

 聞香もんこう

 香りを聞くというこの言葉。

 よほど雅な感性を持っていなければ理解できないだろう。


「さすがはアウルス王子。香りを聞くということの本質を分かっていらっしゃる。ガイウス王子とは違いますな」


「兄のことを悪く言うな。あれでも王族だぞ」


 マーカスの言葉に険しい表情を見せながら、アウルスは答えた。


「いえ、これは大変無礼なことを申し上げました。お許しください」


 深々と頭を下げながら、しかし目線は外さずにマーカスが許しを乞うと、アウルスの口元が思わずゆるみ、我慢できずに笑い出した。


「はっはっはっはっ、お前ははっきりと言うな。面白い。確かに兄はバカだ。鈍くて頭の回転も悪い、そのくせ生まれの高さを鼻にかけた考えうる限り最低最悪のバカなんだ。お前は本当によく分かっている。わっはっはっ。ひぃーひぃーひぃー」


 涙を流して笑うその姿を見ながら、マーカスは心の中でほくそ笑む。


 こんなバカなら少し不満を焚きつければ、たちまち燃え上がるだろう。

 燃え上がった火の粉は王族に降りかかり、やがては大火事になり、誰も消せなくなる。

 いや、俺とヨハイネ閣下以外の誰も、か。


「あの兄が香を聞くなどできるわけがないだろう。誰の声も聞こえないような耳も頭も残念な男だ。こういった遊びだけでなく、財務にも軍事にも疎い。何をやらせても私に劣る。ただ私よりも先に生まれただけ。それだけが取り柄の男だ。そうは思わんか?」


「はあ、王子様のことを私のような者が判断できるはずもありません。が、ひとつだけ私でも分かることがございます」


「何だ? 言ってみろ」


「アウルス王子の方が背が高くていらっしゃる」


「ははははははっ!! それはまさしく事実だな!!! 俺の方が背が高い。誰が見てもそうなんだ!!」


 だからどうした。

 やはりバカだ。


「そうでございます。背が高くていらっしゃるのは、アウルス王子、あなた様でいらっしゃいます」


 アウルスは目を細め、満足の表情を浮かべると、優しくマーカスの肩を抱いた。

 確かに背が高い。マーカスより頭一つは高いだろう。


「お前はよく分かっている。どうだ、今度は俺の家で香を聞かんか」


 アウルス、ゲットだぜ!!

 マーカスは、叫び出したい気持ちを抑え、答えた。


「もちろんでございます。ヨハイネ閣下もお呼びしてよろしいでしょうか?」


 アウルスは目を見開き、マーカスをじっと見つめた。


「お前は、あの親衛隊の将軍とまで親しいのか」


「ええ、私が中等学校に入学したときの総代でいらっしゃいました。最初の上級生による関門を突破することができたのも、ヨハイネ閣下のおかげでございます」


「二人とも国王軍中等学校の出か。その絆は血よりも濃く、上級生と下級生は特定の契りを結ぶことも多いと聞く。なるほどな」


 何がなるほどな、だ。

 お前もその契りに入れてやるよ。

 一瞬だけ、な。



 その夜の聞香は、特別だった。

 国宝級の香木が焚かれ、三人はまるで酒に酔ったように気分が高揚していた。

 

 こんな香木を惜しげもなく使えるなど、さすがは王位継承権順位二位だ。


「アウルス王子、このような香木の前でお恥ずかしいのですが、お持ちしたものをご賞味いただけないでしょうか」


 マーカスがおずおずと白い粉をひとつまみ分、差し出した。

 

 いぶかしげに見るアウルスに、ヨハイネがそっとささやく。


「製薬庁で開発した、天使の微笑みという薬です。とても楽しい気分にさせてくれます」


 ヨハイネの笑顔には、何の思惑も隠されてはいない。

 そう、ヨハイネは純粋にアウルスが好きなのだ。

 その肉体が、ヨハイネの脳髄を刺激して止まない。

 マーカスはそうヨハイネから聞くたびに、どす黒い感情をため込んでいた。


 三人での行為は、とてつもなく楽しいものだった。

 王子を犯しているという事実が、ヨハイネとマーカスの快楽中枢から強い興奮を呼び起こしていた。

 今をときめく二人の天才軍人から犯されているという事実が、アウルスに今までにない満足をもたらしていた。

 

 こうして三人は強い絆で結ばれた。

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