第8話 とても長く、じっくりと
「クラーシュ様、いえ、ヨハイネ・クラーシュ閣下、ご昇進おめでとうございます」
「閣下はよしてくれ、マーカス。将軍などただの階級に過ぎないんだ。今まで通りヨハイネで十分だよ」
「は、ヨハイネ将軍閣下」
マーカスの言葉にヨハイネは笑い出した。
心地よい笑い。
戦いに勝ち、そして位を上げ、使える兵隊の数を増やす。
これこそ武人の誉ではないか。
「最後は急な突風で大変だったが、まあ村を3つも討伐したんだ。赫赫たる戦果を上げたお前も、今や参謀総長という重責を担う身。お互い出世したものだな」
マーカスは伏し目がちにうなずくと席を立ち、ヨハイネの隣に移動した。
「閣下、私はいつも閣下のためを思っております」
ヨハイネは目を細め、マーカスの頬をそっと撫でた。
「私もだよ、参謀総長殿」
重なる唇に、重なる野心。
二人はただ燃え滾る欲望に身を任せた。
◆◆
マハの姿が消えた。
また追えなかったか。
「あ、見えた……」
とっさに出た一言に、マハが振り返る。
「えええええ?何でいるんすか?」
気づくと、山間の村にいた。
すぐそばに炭焼き小屋が見える。
試してみるか。
「ちょ、やめてくださいよ。すっげ汚れちゃうでしょうが」
マハが手にした炭の束を落とし、必死に服を払っている。
「いつの間に……」
「ごめんごめん。できるかなって思ってさ」
「いや、そりゃ完璧にできてますけど。空間遷移って俺しかできないって思ってたけど、たった1週間で俺でも追えない遷移できるようになるって。魔導士長って何でもありなんすね」
「いやあ、難しかったよ。君の手本がなきゃ、取っ掛かりさえ見つけられなかった。本当にありがとう」
マハは困ったように笑った。
”さっきのやつ、何回遷移したんだ?
まず炭焼き小屋に遷移。
そして炭を持って俺まで遷移。
それからすぐ元の位置まで遷移。
3回。近距離とはいえこれを一瞬でか。”
「これ、自分が移動するだけじゃなくて物も移動できるんだよね?」
「ええ。自分でもやったじゃないですか、さっき」
「いや、物を持って一緒に移動するんじゃなくて、物だけを移動させるってことだけど」
「え?そんなのできるんすか?でもあなたなら……」
魔法庁に帰ると、早速先ほどの思い付きを試してみた。
まず、身につけた物、そうだな、服を移動させてみよう。
できた!!
で、これを戻すには、と。
いや、待てよ。
ただ戻しただけで着た状態までもっていけるのか?
それってむちゃくちゃ難しいのでは?
思考をどうもっていけばそうできるのか……
「え!? 何!? 何で??」
素っ頓狂な声に、俺は慌てて振り向いた。
「あ、何かあった?」
「いや、えと、あの……」
顔を真っ赤にして、チューラが伏し目がちに答えた。
「あ、これ?今試してたところ。ようやく空間遷移の魔法を使えるようになってきたから、物だけの移動ってできるのかって。あ、そっか。ちょっと待ってて」
俺は落ちている服を急いで身につけた。
「で、用事は?」
チューラはまだ下を向き、ワナワナと震えている。
やばい、怒らせちゃったか。
「ごめん。でもさ、急に入ってくるのもあんまり行儀がよくないんじゃないかな」
あ、これは余計怒るかも。
とりあえず落ち着かせなきゃ。
俺はそう思い、チューラの肩に手をかけた。
「変なもの見せちゃって申し訳ない。これからは気をつけるから。試す前に鍵かけるとかさ」
チューラの肩がずっと激しく揺れ出した。
激怒してる?
チューラの魔力で激怒するということは……
「んっ!?」
不意に口をふさがれ、思わず声が出た。
俺の目の前に、チューラの目があった。
熱い、火の出るような光を放つ二つの瞳が。
俺はチューラの肩を抱き、そして強く抱きしめた。
狂ったように口を押し付けるチューラの頬に手を添え、そっと顔を離し、そしてゆっくりとキスをした。
とても長く、じっくりと。
昨夜のことで少しだけ遅れたが、無事実験は成功した。
物だけを空間遷移させることができたのだ。
これにより、何が起こるのか。
それは、ゲームのルールの変更だ。
ゲームの勝ち方が変わるのではない。
ゲームのルールが変わるのだ。
戦争という名のゲームの。
ただ、このルール変更は、まだ適用すべきではないだろう。
俺の私怨で世の中の決まりを変える。
そんなこと、するべきではないはずだ。
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