第6話 そんなことも分からなかったから死んだんだ

 マーカス・ルネリオラ。

 王国軍参謀部の絶対的エース。

 ライバルのルカ・エラトリウス亡き今、彼の出世を阻むものはいない。

 いるとすれば、自分自身だろう。己の失敗。それだけに気をつければいいのだ。


 とはいえ、それはそれで難しい。

 軍を動かす参謀としては、敗北だけは避けなければならない。

 ただし、勝利を手にすることにこだわることもない。

 そこそこに戦い、そこそこの戦果を上げ、そこそこの損害で引き上げる。

 これを繰り返すだけで、世間の評価は上がり、彼の地位も自然上がっていくだろう。


「そんなことも分からなかったから死んだんだ」

 

 馬の背に揺られながらぼつりとつぶやき、はっと驚いた。

 また、あいつのことを考えていた。

 死んだ者のことなど気にする必要はない。

 どれだけあいつが優れていたとしても、死んでしまえばもう俺の人生には関係がないのだ。

 


 ルカと初めて会ったのは、王国軍中等学校に入学したその日だった。

 真新しい制服に身を包み、緊張で全身をカチコチにしながら仲間となる同級生たち40人と並び、コの字型の校舎に囲まれた中庭に入っていったとき、目の前にいたのがルカだった。


“あいつ、何してんだ?”


 キョロキョロと辺りを見回しながら、空を指でなぞっている。

 首を回すたびに、金色の髪がかすかに揺れる。

 美しい。

 その情景に見とれている自分に気づき、マーカスは不快感を覚えた。

 齢十三にして確固とした自意識を持っていた彼にとって、同年代の少年に心を奪われることが許せなかったのだ。


「お前、キョロキョロすんじゃない!!」


 マーカスが話しかける前に、校舎から大声が飛んだ。


「新入生、お前たちはすでに包囲戦を仕掛けられている。俺たちの包囲を破り、正面2階の自分たちの教室までたどり着ければ合格だ。たどり着けなければその場で退学。以上だ」


 しばらくの沈黙の後、左右の校舎から上級生たちがぞろぞろと出てきた。

 その数左右とも10人程度。

 

 マーカスはあまりのことに固まり、動くことができなかった。

 同級生の多くもそうだったろう。

 そう、ほとんどの同級生が口の中がからからに乾いて、声すら出せない状態だった。


「君たち、こっち」


 肩を叩かれてはっとし、マーカスは言われた通りに移動した。

 あれ、今のはあのキョロキョロしてた金髪のやつだ。


「じゃ、君たちは僕についてきて」


 そう言うと、金髪は走り出した。マーカスは慌ててあとを追った。

 速い。こいつ、半端なく速いぞ。

 マーカスだけでなくみながそう思うほど、金髪は速かった。

 あとを追うのに精いっぱいで、上級生たちが襲ってくる恐怖を忘れていた。


「おっしゃああああ!!」


 上級生の一人が叫んだ。

 新入生が一人、その上級生に倒され、地面に転がっていた。


「気にするな!!ついて来い!!」


 金髪が顔に見合わぬ大声を上げた。

 その声に引かれるように、新入生たちは必死で走る。

 

「もっらいーーー」


 また一人倒された。


「もう、だめ……」

 

 一人が立ち止まった瞬間、上級生が飛び掛かり、引き倒した。


「おお、今年は半分も残らないんじゃないか」


 校舎の窓に鈴なりになった上級生たちがはやし立てた。


 マーカスは力の限り走った。

 が、目の前が暗くなってきた。

 肉体の限界はもうそこだ。


「よし、全員解放しろ!!でないと、落とす」


 苦しさのあまり膝をついたマーカスの耳に、金髪の声が響いた。

 ざわざわとみなが騒ぎ、上方を見上げている。

 マーカスが見ると、誰かが3階の窓から吊り下げられていた。

 そうか。ルカの指示で新入生はいくつかのグループに分かれていたんだった。

 そのうちのひとつのグループの新入生たちが、上級生を2人、窓から吊るしているのだ。


「分かった。降伏だ。新入生を全員解放する」


 びりびりと大声がこだまする。


「6年生総代、ヨハイネ・クラーシュだ。私が代表だ。降伏を宣言する。その者たちを解放してやってくれ」


 国王軍中等学校史上初めて、入学者全員が教室にたどり着いた。



 あのときから、マーカスはルカの殺害を決意していた。


 あの状況でとっさに作戦を立てたルカ。

 自らが囮として上級生たちの注意を引き、別動隊を動かしたルカ。

 それにも増して、あんな事態が起こることを予測していたかのように、校舎の作りや配置を観察し、シミュレートしていたルカ。


 ルカのいる限り、マーカスは心安らかにはなれないのだから。


 晴れて目的を達成すると、マーカスは心の底から安堵し、満足した。

 ルカと出会ったその日からずっと澱んでいた彼の心が澄み渡り、新たな計画が次々と湧いてきた。

 

 その計画のひとつが魔界の村の討伐だ。

 小さな辺境の魔界の村をいくつか討伐し、奴隷として人型の大人しい魔物を捕まえてくる。

 これを数度繰り返し、戦功を積み上げていく。

 不敗神話の誕生だ。

 

 魔物は種族を超えた仲間意識は持っておらず、どの村がやられても他の村が復讐に来ることはない。

 魔王軍は主に魔界の大物同士の争いを抑えるためのもので、魔界の村がどれだけ被害を被ろうが特に何かをすることもない。

 マーカスはこのような魔物の習性を研究していた。

 というより、ルカの研究成果をすべて調べあげていた。

 ルカはご丁寧に、魔王軍の分析のみならず、魔物の習性や、魔界の社会構造まで調べて文書にまとめていたのだ。


 何と優秀な我が同期の星よ。

 実際にお星さまになってまで俺を助けてくれるとは。

 お前の人生は、俺を引き立てるためにあったのだな。

 マーカスは満足し、大きな笑い声を上げた。


「さあ、突撃だ!!村を焼きに!!魔物を討伐に!!!」


 マーカスが号令をかけると、兵たちが鬨の声を上げた。


 これぞ力。


 我が力。


 魔物のおかげで得られる、人間を超えた力なのだ。

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