第5話 分かりゃいいんだよ、分かりゃ

 ショカミが一声発すると山が消え、二声発すると海がうせる。魔界で長く言い伝えられてきた伝説だ。


 その伝説の持ち主が魔導士長の座を譲ったとあって、魔法庁のみならず魔界全体の動揺はなかなかのものだった。


「なんかさあ、最近村から通ってくるのが面倒くさ過ぎるんだよね」


 ネネの言葉にルルもうなずく。


「とにかく勝負しろばっかでさ、お兄ちゃんのせいだからね」


 確かにその通り。何か考えなければ。


「あのさあ、チューラって何してる?」


「え、こないだ私にやられたあの娘?あれなら村で暇してるよ。派遣切りにあってしばらく仕事ないんだって」


「そっか、じゃ、魔導士長の権限で新しい部署を作ります。今日からネネ、お前が部門長だ」


「はっ?何偉そうに。てか、何の部門だよ?」


「そうだな、有能な魔材を見つける、魔材活用部だ」


「何それ?何すんの?」


「俺が魔導士長に任命されたせいで、みんな俺の力を試しに来てるから面倒になってるんだろ。だから逆に、こっちから呼びかけるんだ。俺より魔力があるって思ってるやつは名乗り出ろ、テストしてやるって」


「で?私は何すんの?テスト問題でも作る?」


「お前たちの部署でまず相手するんだよ。なーに、ダークエルフ族なら大概の魔族に負けることはない。それにさ、この部署にはショスケも顧問として配置するから」


「ショスケって、ショカミの息子の?」


「そうそう、前の上司の上司の上司の魔導士。あれだって魔力、とんでもないからさ。比喩表現じゃなくて三言発すれば山消えちゃうし」


「で、呼びかけてテストして、どうすんの?」


「有望なやつは魔法庁に入れる。まずは契約魔として雇って、実績上げれば正職魔として待遇をよくする」


 ネネはしばらく考え、返事をした。


「うん、意外に面白そう。魔界中の強いやつが集まるってことだし。強い魔物ってセクシーだしね」


 セクシーか。なるほど、魔物的にも重要な要素なんだな。覚えとこう。


「それでチューラのこと聞いたの?私の子分使って部署作ると手っ取り早いって」


「まあね。ネネ、気づいてないみたいだけど、お前の魔力もなかなかのもんなんだよ」


「え、そう?はは、そうなの?いや、そんなには。はへっ」


 顔を赤くするネネを見て、俺は微笑んだ。妹っていいもんだな。


「お父さんとお母さん、生きてればな。お兄ちゃんも私もこんな立派な仕事につけたんだって、見せられたのに」


 ネネがうつむき、つぶやいた。


「ああ、そうだね」

 

 俺にはこの世界の両親の記憶がない。どうして亡くなったのかも分からない。ただ、彼女の胸の痛みが分かるだけだ。


 そっとネネを抱き、頭を撫でた。ネネは静かに泣き続けた。


 翌日、チューラとバッラ、ザカ、ミルの4魔とネネ、ショスケの部署の発足式が開かれた。ショスケがこのような役を引き受けてくれるか心配だったが、快く引き受けてくれたのはありがたかった。


「父ショカミはよく言っていました。どれほど魔力があろうとも、それをどう活かすかが重要なのだ、と。実は私はその言葉に疑問を持っておりました。魔力こそすべてだと信じている部分があったのです。魔力では父に敵いようもなかったため、特に意見することはありませんでしたが。しかしあなたを見て覚りました。魔力は使い用なのだと。あなたには天賦の才がおありになる。私たち親子はそれをお助けする。それが運命なのだと、はっきりと覚ったのです。運命を示していただき、ありがとうございました」


 とにかく気骨のある魔物だということは分かった。少々肩が凝るが。



一月もすると、魔法庁の中は活気にあふれるようになった。新しく才能のある魔材が続々と入ってくるからだ。

それに影響を受け、正職魔という地位にあぐらをかいていた古参の魔物たちも、必死に頑張り始めた。


いい流れだ。俺は目を瞑り、ゆっくりと開いた。


目の前に、チューラがいた。


「あんた、あたしらの働いてる環境知ってんのかい?」


「え、ああ。ネネから聞いてるし、何度か見に行ったけど」


「ザカが辞めるの知ってる?」


「え、それは初めて聞く。理由は?」


「あの娘の子供、いつも親戚に預けてるんだけどさ。魔材活用部に応募してくる魔物が多すぎていつも残業続きだから、帰るのが遅いっていうんで、親戚が嫌がってるんだって。だから辞めるしかないかなって」


「そうなのか。子供の世話か。確かに」


 ネネのやつ、何で黙ってたんだろう。俺に言うと、部下の管理もできないって思われると思ったのかもしれない。ショスケはそういうところに気づくタイプではないし。


「チューラ、ありがとう。きみのおかげで大事なことに気づくことができた。本当にありがとう」


 チューラは不思議そうな顔をし、そしてうつむいた。


「分かりゃいんだよ、分かりゃ」


 ぼそぼそとそういうと、部屋を出ていった。



 翌日、新たな制度を作った。働く時間を自分で決められるという制度だ。


 有能な魔物に辞められるくらいなら、好きなときに働いてもらう方が効率がいい。その分、新しく魔物を部署に入れればいい。何せ活きのいい魔材はたくさん獲っているのだから。


 他のことも整理して、魔法庁をもっと強くするぞ。そう思った矢先、魔王府から伝令がやって来た。


 国王軍の侵攻です、との知らせとともに。

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