第3話 結構単純なんだから

「えっ、お兄ちゃん、何したの!?」


 帰る道すがら、明日魔導士の上役に会いに行くことを伝えると、妹が悲鳴に近い声をあげた。そりゃそうだ。


「何って。ただ工夫しただけだよ」


「やらかしたわけじゃないんだよね?」


 半ば責めるような、半ばすがるような目で見つめるネネは、とても魔物には見えなかった。人間でもこれほど美しい者はほとんどいないだろう。ダークエルフは男女とも美形が多く、知能と魔力がバカ高い。これは実際敵として戦っていたときから分かっていたことだが、戦闘時でない平時にこれほど間近で接すると、より一層その美しさに感嘆するばかりだった。


「うん、まあ明日はそんな心配せず、一緒に来てよ」


 そんな話をしているうちに、村の入り口に着いた。バラバラとばらける村人たちとともに、俺たち兄妹も家路を急ぐ。と、ネネの手が俺の前に不意に伸びた。


「なに?」


「静かに。何かいる」

 

 目を凝らすと、確かに影がある。ゆっくりと近づいてくるその影が、言った。


「あんた、ネネ・ライウだね」


「うん、そうだけど」


「とりあえず勝負しなっ!」


 言うが早いか光が飛び出した。

 閃光矢の魔法。ダークエルフの最も得意とする高速起動魔法だ。

 魔の矢が炸裂し、地が燃え滾る。熱い空気がかげろうを生み、森の木々がゆらゆらと揺れる中、勝負は決していた。閃光矢を放ったダークエルフがうつ伏せに倒れ、ネネに踏みつけられていた。

 

「さ、どうする?このまま蒸発する?」


 伸ばした手に集まる魔力。ネネってば、相当な使い手だな。


「いや、あんたに従うよ」


 ダークエルフはゆっくりと置き上がり、ネネにひざまずいた。


「私はチューラ。あんたの下の3人倒してきたから、私があんたの一番の子分だね」


「あ、そうなったの。わかった」


 夜、羽を敷き詰めたベッドでまどろんでいると、爆裂音がした。あれもおそらく先ほどのネネとチューラの争いのようなものだろう。

 魔物は、自分の方が相手よりも上だと思えば戦いを挑み、負ければ殺されるか配下につく。ただそれだけのシンプルな生き方をしている。とても簡単で、だからこそ人間よりもはるかに大きな力を持つようになったのだ。人間はまず嫉妬し、よほどのことがないと対決することはない。社会秩序を安定させるために進化した結果そうなったのだろうが、そのために個体としての力の進歩は魔物よりも遅れてしまった。力を発揮したければ、魔物の世界が一番だ。俺は魔物と戦いながらそれに気づき、内心彼らの世界がうらやましかった。それが魔物になれたのだ。ここからは、俺の腕次第。胸が高鳴る。

 

 夜は更け、俺は眠りについた。

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