第2話 お兄ちゃんってば

 目覚めると、俺は集団の中にいた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんってば」


 金色の髪をした、黒目勝ちの娘。これが妹なのか。


「だから、今日の作業ちょっと変わってって言ってるの、聞こえてる?」


「あ、え、ちょっと聞いてなかった」


「もう、今日、私魔法庁に行かなきゃなんないから、仕分け整理のほうに行ってって言ってるじゃん」


「あ、そうなんだ。いいよ」


 尖り、横に伸びた耳。やけに露出の多い恰好。そして巨乳、いやむしろ爆乳。間違いない、妹はダークエルフだ。ということは、俺もダークエルフか。

 それとなく周りの連中も見てみる。これはダークエルフの群れだ。とすると、ダークエルフの村からどこかに働きに出ているのか。魔物にも出勤があると知ってはいたが、実際に目で見るのは初めてだ。


「じゃ、頼んだよ」


 妹と別れ、みんなについて建物の中に入っていく。全体的に黒っぽいが、王国の建物とそれほど違わないのが不思議ではある。


「おい、ルル、お前はあっちだろ」


 ルルが俺の名か。


「いや、今日は妹の代わりに俺が行くことになってるから」


「じゃ、あっちだな」

 

 言われた部屋に向かう間、転生の際に言われた注意点を思い出す。

 違う種族の生物に生まれ変わる場合、誕生から始めることはできず、同じくらいの期間生きている個体に入るため、記憶が残ってしまうこと。そのため、現実をうまく受け入れられず、精神的に適応できない可能性が高いこと。確かに、この身体に慣れるには時間がかかりそうだ。明らかに人間のときよりも筋力が増しているのが歩いているだけで分かる。正直歩きづらい。


「おはようございまーす」


 大量の文書が積まれた部屋の中には、ローブをまとった老人が一人。魔導士か。


「ああ、お前がルルか。ネネから聞いている。狩りが下手でくびになりそうだってな」


 そうなのか。ルル、お前ってやつは。しかし流石は魔物、職場でも裏表なくズケズケ言ってくれる。


「ええ、今日の作業を教えてください」


「そこにある書類の山。それを分類してこっちに整理する。それだけじゃ」


 俺は自分の背丈ほどもある書類から、一枚抜き出して見てみる。地方の魔物たちからの報告書か。もう一枚別のものを見てみると、これはどうやら陳情書だ。そうか、各地方から送られてくる報告書や陳情書などの書類を、種別ごとに分類する仕事なのか。


「文字は読めるようじゃの。じゃあ、この分類通りに仕分けてくれ」


 そう言うと、魔導士は部屋から出ていこうとした。


「あ、待ってください。あなたはどうされるんですか?仕分けしないんですか?」


 初めての作業で質問する相手がいない状況は避けたいところだ。


「は、派遣魔の仕事をわしみたいな正職魔がやるわけないだろう。分からないことがあったらそこの手順書を読め。妹と同じで社会魔としての常識のなってないやつじゃ」


 派遣魔。正職魔。なるほど、魔界にはそういう区別があるのか。あの感じからすると、区別というよりおそらく差別だな。これは思ったよりも早く仮説を試せそうだ。


 俺は書類を100枚ほど読んだ。そして分類棚を見た。分類は3つしかない。「報告」「陳情」「その他」。この3つに分けるためにすべてに目を通していたのか、ネネは。

 読んだ限りでは、少なくとも10種類には分けられる。報告はその内容と送られてきた地方ごとに、陳情はその内容と送り主のカテゴリごとに、その他も代表的な内容でまた分けられる。そしてすべて自分で目を通す必要はなさそうだ。俺はダークエルフ。とにかく魔力が強いのだから。

 

 まず、分類表を作成し、それに合わせた運び魔を作る。この部屋に大量にいるクモでいいだろう。

 次に、運び魔それぞれに対応する単語のセットを覚えさせ、書類を同時に読ませる。といっても所詮クモ、内容は理解できないが、覚えた単語が見つかると体の色が変化するくらいの魔法をかけることは簡単だ。最終的にその色に従ってクモ同士で判断し、ヒット数の最も多いクモが自分の分類棚に書類を持っていく仕組みだ。

 これをまず今読んだ100枚の書類で実行し、俺がチェックする。その後で覚えさせる単語の調整をかければ、かなり精度のいい仕組みになるはずだ。


 夢中になっていたせいか、あっという間に書類がなくなった気がした。が、窓から見える陽はもう傾いていた。


「どれ、どんな感じじゃ?」

 

 魔導士が音もなく入ってきた。浮遊魔法。この魔導士、移動するだけなのに浮遊魔法使うなんて、魔力結構高いんじゃないのか。


「あ、一応終わりました」


 俺の言葉に驚いたらしく、魔導士は何か言いかけた。が、口を閉じ、分類棚の書類をしばらく確認していた。


「こりゃ、すごい。どんな魔法を使った?」


「え、クモを特定の単語に反応するように少し魔法かけました」


「これはまったく考えもしなかったやり方じゃ。ちょっと待っててくれるか?残り賃は村との約束通り払うから」


「は、はあ」


 しばらく待っていると、魔導士が、自分より明らかに上位らしき魔導士を連れてやってきた。


「この使い魔の仕組み、君が作ったのかね?」


「はい。それなりに時間かかりましたけど。今日の作業で結構情報が集まったので、明日は今日の分量くらいなら半日もかからず終わると思います」


「ほお…。私がこの部屋に来てから数百年間、仕事の仕方はまったく変わらなかった。それをたった一日で変えてしまったのか。君、明日はネネくんと一緒にこちらに来てくれないか。狩猟係は今お休み状態だろうけど、一応私から連絡しておくから」


 ふむ、仮説通りだ。やはり魔物は力の論理で生きている。

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