第77話

あれからテオドールは、自室に戻るとベッドの上で蹲っていた。


終わった……完全に。


自分の事ではあるが……まさかあんな事を、呟くなんて……。ヴィオラは絶対、自分の事を変態だと思っただろう。


それもそうだ。自分の名前を呼びながら、柔らかいだの、堪らないなどと呟いていたら気持ち悪いに決まっている。


「どんな顔をして、ヴィオラに会えばいい……」


暫くヴィオラとは顔を合わせられない。


コンコンッ。


その時部屋の扉が叩かれた。だが、テオドールは、無視をする。今は誰とも会いたくない。


「テオドール様、あの、ヴィオラです……」


その声に、心臓が跳ねた。まさか、ヴィオラがテオドールの部屋まで訪ねて来るなんて、初めてだ。素直に、嬉しいと思った。


だが返事をしたいが、出来ない……。


「テオドール様……あの、いらっしゃらないんですね?」


テオドールは口元を手で覆う。可愛過ぎる……。いないであろう部屋の中に、わざわざ「いらっしゃらないんですね?」と確認するヴィオラが、堪らなく可愛い。かなり、重症だ。


その瞬間、つっ……と鼻から生暖かい何かが、流れた。


「血⁈」


その正体は、鼻血だった。テオドールは、驚き慌ててベッドの横に置かれていた、汗を拭う為の布を掴んだ、が……下に、落ちた、自分が。


ドスンッと音を立てて、勢いよくテオドールは、落ちた。


「っ……」


我ながら情けない。テオドールが、そう思った瞬間今度は扉が勢いよく開いた。


バンッ‼︎と音を立てて扉を開けたのは、他ならぬヴィオラだった。


「テオドール様⁈」


扉を開けたヴィオラは、テオドールと目が合うと、固まった。テオドールも、ヴィオラを見て固まる。


気まず過ぎる……テオドールは、全身に嫌な汗が流れるのを感じた。


「ヴィオラ……」


ベッド横の床に情けない格好で寝そべり、しかも鼻血まで垂らしている。これでは、本当に変態だ……。


「テオドール様」


「ち、違うんだ!これは誤解で、違っ」


テオドールは、鼻を押さえながら必死に弁明をする。だが頭は混乱して、上手く言葉が出てこない。そもそも、こんな状態で言い訳した所で意味はない。


「テオドール様、大丈夫ですか」


ヴィオラは、戸惑いながらもテオドールの元へと歩いて行くと、しゃがみ込んだ。


「テオドール様、どうぞ」






これは一体何が起こっているんだろうか。テオドールは、ヴィオラに膝枕をして貰っている。しかもヴィオラは、鼻血が未だに止まらないテオドールの鼻を布で押さえてくれていた。至れり尽くせりだ。


「大丈夫ですか」


「う、うん……ごめんね。情けないよ……ハハ……」


そう言いながら力なく笑い、落ち込んでいるテオドールの頭を、ヴィオラは優しく撫でる。


「ヴィオラ」


「はい」


「ハッキリ言って欲しい……遠慮はいらない」


いきなり、そう言われたヴィオラは目を丸くする。主語がなく、何を言いたいのかが全く分からない。


「あの、何がですか」


「僕の事……変態だと、思ったよね……」


ヴィオラは、呆然とする。変態だと思ったよね、とは……また、凄い質問だ。テオドールが一体何の事を指してそう言っているのかが、分からない。そもそも、貴方を変態だと思った、などと思った所で言える筈もない。


「変態……いえ、そのような事は」


「いいんだ、もう僕は嫌われてしまった……もう、ダメだ……こんな筈じゃなかったんだ……」


人生なんて、上手くいかないものだ。ヴィオラがレナードを突き放した瞬間、性格が悪いとは思うが正直勝ったと思った自分がいた。そして、時間はかかるだろうが、ヴィオラとの幸せを夢見た。


だが、現実は甘くなかった。結局はこんな、情けない醜態を晒し、挙句変態と思われフラれるなど……。こんな事なら、潔く紳士ぶって身を引いたままの方が、マシだったかも知れない。


そうすれば、ヴィオラの中のテオドール自分は、多分良い人で優しく紳士的な人、のままでいられた筈だ。



「テオドール様。私、テオドール様がもしも、だとしても、気にしません。だって、例えばテオドール様がだとしても、テオドール様は、テオドール様ですから。ですから、テオドール様がだと、悩む必要はないんです。テオドール様がだとしても、全く問題ありません」


ヴィオラはそう言って、天使の様な顔で微笑んだ。







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