第76話
「ヴィオラ」
「テオドール様」
テオドールは、ヴィオラと中庭でお茶をしていた。最近では時間が出来れば、こうやって2人で過ごしている。
あれから、テオドールは部屋などの密室でヴィオラと2人きりになる事を避けている。また、自制心が利かなくなり、ヴィオラを怖がらせるなどは、したくなかったからだ。
「おい、テオドール。お前、本当センスないな」
甘い空気を壊す声に、テオドールは現実に引き戻された。折角、楽しくヴィオラとお茶を愉しんでいたのが台無しだ……。
テオドールの隣に我が物顔で座っているバーレントに、テオドールは溜息を吐く。
「君さ、毎回毎回お決まりの台詞を言うのは、止めてくれないかな。小姑じゃあるまいし」
「ふん。本当の事だろうが。俺をお茶に誘うなら、必ず酒を用意して置けと言っただろう」
バーレントの言葉に、テオドールは軽蔑の眼差しを向ける。この酒呑みが、と。
「あのさ、今何刻だと思ってる訳?まだ真っ昼間だよ。そもそも、お茶会にお酒なんて出す訳ないだろう……」
「俺は、わざわざ呼ばれてやってるんだ。そんな堅苦しい事言うな」
そう、テオドールは更に、ヴィオラとお茶をする時にも、必ず誰かしらを間に挟むようにしていた。害のなさそうな人選を考えた時に、バーレントも頭に浮かんだのだが……これは、人選を間違えたかも知れない。
その他には、ブロルやフランも日替わりで呼んでいる。フランは、最初誘った時は何故だが凄く不機嫌そうだったが、ヴィオラの「フラン様も、ご一緒に如何ですか?」との言葉について来た。テオドールは、思わずムッとしたが、堪えた。子供相手に大人気ない。
こんな感じで、毎日お茶をしているのだが、本音は、ヴィオラと2人きりになりたい……だが、自分が招いた結果だ。致し方が無い。きっと、ヴィオラと2人きりになれば、今の自分は、彼女に触れるのを我慢出来ない気がする……。
ヴィオラの事を怖がらせたく無いのが前提だが、正直またあの様な事をしてしまって、ヴィオラに嫌われてしまうのではないかと思うと、怖くて仕方がない。
あの時は、優しいヴィオラは赦してくれた。だが、次もそうだとは限らない。
「本当に、お二人は仲良しなんですね」
ヴィオラは、ニコニコとしながらテオドールとバーレントを見ている。
仲良し……確かに仲悪くはないが、仲良しとは違うと、テオドールは思う。従兄で、昔からの付き合い故、どちらかと言うと腐れ縁に近い。
「そうかな……」
「はい!仲良しで羨ましいです」
「ハハ……」
全くもって嬉しくも、可笑しくもないが、テオドールは笑った。ヴィオラが愉しそうにしているのに、水を差したくない。
テオドールは横目でバーレントを見遣ると、目が合った。バーレントは、ニヤニヤと笑っている。その顔に、無性に腹が立つ。
「あ、テオドール様、この焼き菓子とても美味しいですよ」
「気に入ったなら、良かったよ」
ヴィオラは、手元にある菓子をフォークで小さく切り分けると、口に入れて幸せそうに笑う。余りに微笑ましい光景に、テオドールは癒され、バーレントの事などどうでもよくなった。
「テオドール様も、召し上がりますか?」
そう言ってヴィオラは、小さく切り分けた菓子をフォークに刺すと、テオドールの口元に持ってくる。
テオドールは、瞬間固まった。
これは所謂アレだ……はい、あ〜ん、的なものだろう。
しかも、あのフォークはヴィオラが口付けたものだ。か、間接的に口付けをした事になる……。
テオドールは葛藤した。このまま食べていいものか、悩む。本音は、物凄くあ〜ん、されたい。だが、バーレントの手前、恥ずかしいやら、後で絶対に揶揄われるに違いない。
「テオドール様?」
急に微動打にしなくなったテオドールを、心配そうにヴィオラは見ていた。バーレントは、今にも噴き出しそうな顔をしていて、やはり、腹が立つ。
「すいません、私気づきませんでした。私の食べかけなど、嫌ですよね……新しい物を」
ヴィオラは、何かを察した様に謝った。申し訳なさ気に、眉を潜め悲しんだ表情をしている……完全に勘違いをした様だ。テオドールは、予想外のヴィオラの言葉に、焦った。そして。
パクッ。
ヴィオラがフォークを引っ込める直前、テオドールはそれを口に含んだ。ヴィオラは、目を丸くして、驚いている。
「う〜ん、お、美味しいね。ヴィオラが食べさせてくれたから、更に美味しいよ」
正直自分でも何を口走っているのだろうと、思った。焦り過ぎて、自分でもよく分からない台詞を吐いた。
「ふふっ、それは良かったです」
ヴィオラが細かい事を気にしない性格で、本当に良かった……救われた。そして。
ヴィオラと口付けをしてしまった、間接的だが……。瞬間、あの時の事が頭を過ぎる。無理矢理、ヴィオラに口付けをしてしまった。罪悪感が蘇ると共に、あの時の感触を思い出す。
テオドールはゴクリと、唾を呑む。酷く喉が渇いている気がした。視線が、ヴィオラの唇に釘付けになり、目が逸らせない。
テオドール様?そうヴィオラの唇が動いた。だが、テオドールには声がよく聞こえない。頭の中には、ヴィオラと口付けをしている光景と音だけがあった。
「おい、テオドール⁈テオドール!」
「バーレント……」
気付けば、ヴィオラの姿は無くなっていた。
「ヴィオラは……」
「先に部屋に戻らせた。お前急に、どうした。ヴィオラ嬢を見て固まったと思ったら、ブツブツ何か言い出すし。ヴィオラ嬢も困惑していたぞ」
テオドールは、頭を押さえた。
「……僕は、なんて、言ってたの」
「あー……まあ、アレだ」
言葉を濁すバーレントに、テオドールは嫌な予感がした。
「ハッキリ言って欲しいんだけど」
「そうか……」
バーレントは、少し悩む素振りの後、口を開いた。
「ずっと、ヴィオラ嬢の名を呼びながら、柔らかい、とか堪らないとか……呟いていた」
その言葉に、テオドールは唖然とする。
「ヴィオラはそれを、聞いて、た?」
「特に何も言っては無かったが、この距離だ。……普通に考えて聞こえてるだろうな」
もう、ダメかも知れない。今度こそ完全に嫌われた……。
「あ、おい、テオドール⁈」
テオドールは、放心状態になりながら立ち上がると、そのまま部屋へと戻って行った。
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