第33話

ヴィオラとレナードが、郊外の町へと来てから、み月が経った。


今日はいつもの散歩ではなく、レナードはヴィオラを抱えて、町の繁華街を訪れていた。


始めは道行く人々は2度見したり、訝しげな表情で見られたりとしたが、こうして2人が町へ繰り出すのはもう何度目か……そうなると、不思議なもので周囲もすっかり慣れた様子で、今は2人を物珍しげに見遣る者はおらず、寧ろ声を掛け挨拶をする者すらいた。


町へ来る時は決まってレナードもヴィオラも、民草の格好に慣い簡素な服装に着替える。格好だけ替えても、レナードからは隠しきれない雰囲気オーラが漂っていた。故に、ただ歩いているだけで、町の女性達からは黄色い声が飛び交う。


「あのひと素敵ね」


「羨ましいわ〜私もあんな風に抱えられたいわ」


無論そうなると男達は面白い訳がない。だが、レナードに抱えられる愛らしい姿のヴィオラを見れば頬も緩む。


「どうぞ、お嬢ちゃん可愛いからおまけだよ」


ヴィオラが可愛いと言った髪飾りをレナードが買った時だ。店主はヴィオラにそう言ってオマケのリボンを手渡した。


ヴィオラは嬉しそうにそれを受け取るも、手からすり抜け、地面に落としてしまう。


「あ……」


「どうぞ」


すると、側にいた店主の息子らしき少年がリボンを拾ってヴィオラに手渡した。少年はヴィオラを見ながら、頬を染め恥ずかしそうにしている。


「ありがとう」


「い、いえ」


ヴィオラは、少年へ礼を述べはにかむ。親切にされた事が余程嬉しい様に見える。


「あ、あの!僕は」


「拾ってくれて、感謝するよ。じゃあ」


少年はヴィオラに何か話したそうにしていたが、レナードはそれを遮ると早々に立ち去った。


「レナード様?どうかなさいましたか……」


「なんでもないよ」


急に足早に帰路につくレナードにヴィオラは、戸惑った。心配そうにレナードを見遣るヴィオラに対して、レナードは笑顔で返す。


だが内心レナードは、はらわたが煮え返っていた。奥歯を噛み締め、舌打ちをしたい気分だ。


あの少年おとこ僕のヴィオラに馴れ馴れしく話しかけるなど……赦せない。しかも、リボンを拾い渡した時、僅かだがヴィオラの手に触れた。実に穢らわしい……ヴィオラにこうして、触れていいのは、僕だけだ。


レナードは、屋敷に戻ると自室には戻らずヴィオラの部屋に留まっていた。いつもなら、仕事の為に直ぐに自室へ向かうのだが。


レナードはヴィオラを抱き締めると、そのままベッドに一緒に横になる。


まだ、手は出さない。今のヴィオラには、記憶がない。その記憶を失くしたヴィオラを手籠にする事は容易いが、躊躇われる。


だが、たまに抑えられない衝動に駆られる。自分の腕の中にいるヴィオラを、このまま貪り尽くしたい。そんな、衝動に。


「レナード、様?……んっ」


こちらを覗き見ようとしたヴィオラの唇をレナードは塞いだ。甘くて、柔らかいヴィオラの唇をレナードはゆっくりと堪能していく。


今はこれだけで、我慢する事にしよう。

恍惚とした表情を浮かべ甘い口付けの虜になっているだろうヴィオラを見ながら、レナードは妖艶に笑みを浮かべる。


「んっ……はぁ……」


ようやく解放されたヴィオラは、酸素不足になり苦しいのか、空気を思いっきり吸い込んだ。


「ヴィオラ……本当に可愛いね、僕のヴィオラは。ねぇ、ヴィオラ。僕に教えて?君は?」


「私、は……」


?」


「……私は、レナード、さまの……モノです」


暗示をかける様に、レナードはこうして毎日ヴィオラに答えさせている。そして、ヴィオラの答えに満足そうな笑みを浮かべたレナードは、再びヴィオラの唇を塞いだ。





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