第32話

数日が経ち、アンナリーナが屋敷へと戻ってきた。アンナリーナは必死さが伝わる程ドレスは破れ汚れ、髪も乱れており全身ボロボロだった。




その時デラは、少し前にお茶を淹れに厨房を訪れたのだが、棚を見遣るといつも場所にお茶っ葉がない。ため息を吐き、デラは先程から気になっていた気配の方へ視線を遣る。

すると、ライラがこちらを見ながらニヤニヤとしていた。


「はぁ……」


またか。聞かなくても分かる。差し詰めライラが嫌がらせでヴィオラ用のお茶っ葉を捨てたのだろう。3日に1回はこれをやられる。


実に幼稚な嫌がらせだ。昔は腹を立てたりもしたが、今では諦めている。腹を立てるだけ時間の無駄だ。


「暇で羨ましいですね」


デラは嫌味をすれ違い様に一言言って遣る。そして、いつものようにお茶っ葉を買いに屋敷を出た。


暫くして、デラが屋敷に戻ると何故かアンナリーナの姿があった。確かヴィオラからの話によれば、アンナリーナは今頃城にて妃教育を受けている筈なのだが……何故屋敷に。しかも、全身ボロボロでどうも様子がおかしい。


デラは不穏に感じながらも、厨房へ行った。取り敢えずヴィオラが待っている故、お茶を淹れ始めたが……無意識に急いでいた。

どこか胸騒ぎがしてきて、やはり先に部屋に戻ろうと思ったその時、屋敷内が急に騒がしくなり……意外な人物の登場に驚いた。姿を現したのは、レナードだ。


「モルガン侯爵、大方の事情は把握していると思うが……アンナリーナ嬢の引き渡し及び、貴殿らを拘束させて頂く」


レナードの言葉の後に、多くの兵士達が屋敷へとなだれ込んできた。


デラは動けなかった。何が起きているのか……まるで、夢でも見ているようだ。


「使用人も残らず拘束するんだ」


その時ライラが兵士に拘束されるのが見えた。瞬間、目が合う。ライラは縋るような目でこちらを見ていたが、デラは目を逸らした。他意はない、ただ見ていたくなかった。それだけだ。

その後屋敷には悲鳴やら叫び声が響き渡った。


モルガン侯爵の「これは、何かの間違いです‼︎」との叫び声や、妻のオリヴィアのがなり声が聞こえる。


「娘は、戻っておりません!」


「おやめ下さい!殿下!」


デラはヴィオラの事が心配になり、一刻も早く部屋へ戻らなくてはと思いながらも、身体がいう事を聞かない。そうこうしている内に、デラの元へとレナードが近づいてきた。


「そんな怯える必要はないよ。安心していい、君の身の安全は保証する。君に何かあれば、ヴィオラが悲しむからね」


「……どう、なさるおつもりですか」


これが、王族……レナードから漂う雰囲気はいつもとは違い、威圧感に包まれデラの身体は震える。以前感じた威圧感などよりも、更に重圧をひしひしと感じる。


やっと絞り出た声すら、震えていた。


「さてね。ただモルガン侯爵の部屋から、を押収した故、今回の王太子ぼくの殺害未遂の首謀者はやはり彼という事になり、延いては共犯として妻のオリヴィア夫人や嫡子のルーベン殿、実行犯のアンナリーナ嬢は、極刑になるかも知れないね」


そう言って笑うレナードに、デラは恐怖を感じた。


「さて、僕はヴィオラを迎えに行ってくるとするよ。君はここで待て」


この時はまだ、何が起きたのか分からなかったが、後日事実を耳した時に、頭に浮かんだのは……冤罪。


これは、冤罪だ。


そしてその片棒をいつの間にかデラは担がされていたという訳だ。

無理矢理歪曲された事実により、程なくしてモルガン侯爵らは…………処分された。


一命を取り留め記憶を失くしたヴィオラは、そんな事実を知る事もなくレナードに囲われ、レナードに絡め取られていった。


もしも、記憶を取り戻し真実を知ったヴィオラはどう思うのだろうか。自分を虐げてきた家族に罰が下ったと喜ぶだろうか、それとも家族を陥れたレナードを責めるだろうか……それとも。




淹れてきたお茶を持ったままデラは、扉の前に立ち尽くしていた……淹れたお茶が冷え切る程には。扉の中からは、ヴィオラとレナードが戯れる声だけが、聞こえていた。






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