第31話
「レナード様、抱っこして下さい」
ヴィオラはある日を境に、目に見えるほどに、レナードにべったりとする様になった。甘えた声を出して、自ら抱っこをねだる。それは、子供が甘えるというよりは、女が男に甘える姿だった。
今日は外は雨だ。いつもの時間にレナードは部屋を訪ねて来たが、散歩へは出れないだろう。なら、どうするつもりか。諦めて部屋を出て行くのか、それとも。
「ヴィオラは甘えん坊だね。いいよ、おいで」
レナードはヴィオラを抱き上げ自らの膝の上に座らせた。以前と何も変わらない光景だが、明らかに違う。2人の纏う空気は甘く正に恋仲同士にしか見えない。
レナードが、ヴィオラの首に軽く口付けを落とすと、ヴィオラはくすぐったそうに身を捩る。その姿からは色香が漂う。
雨で外に出れない日時だけでなく、ヴィオラとレナードは時折こうして部屋で戯れて過ごす事があった。
デラは、そんな2人を見ていられなくなり静かに部屋を出た。
ヴィオラは記憶を失くしてから、人が変わってしまったように思える。記憶を失うと人は、人格までも変わってしまうのだろうか……。
「デラ!」
「ねぇ、聞いてデラ。ミシェルったら、酷いのよ」
「ミシェルから貰ったお菓子、美味しいのよ。デラも、一緒に食べましょう」
「デラ……ありがとう!」
優しくて、無邪気なヴィオラ。
デラは、ヴィオラの屈託のない笑顔が大好きだった……。
ヴィオラは昔から、侍女でしかないデラを家族の様に扱ってくれた。だが、今は……。
「はぁ……」
思わずため息が出てしまう。デラは最近ずっとこんな様子だった。何をするにも手に付かない。
今のヴィオラは、デラを当たり前のように侍女として扱う。分かっている。本来ならばそれが正しい。
だが、ヴィオラが幼い頃よりずっと側につき、本物の家族より家族らしく過ごして来たと自負している。ヴィオラの事は娘の様に思っていたが、所詮は使用人に過ぎないのだと思い知らされた……。
自分はもう必要とされていないのだろうか。今のヴィオラが必要としているのは、きっとレナードだけだなんだろう。
いや、違う。レナードなどいなくとも、きっと時間が解決してくれた筈だ。時間さえ経てばヴィオラもきっと、悲しみから立ち直っていた……。
やはり、レナードなどがあの部屋を訪れなければ、今でも変わらず穏やかな日々を送っていたに違いない。……そうに、決まっている。
ヴィオラが、傷付く事も記憶を失くす事も、実家を失う事も無かった筈……何もかも、レナードの所為だ。
モルガン侯爵家は、没落……そんな優しいものではない。モルガン侯爵も妻のオリヴィアも、長男のルーベン、三女のアンナリーナは死んだ。長女のテレジアだけは、既に嫁いでおり死を間逃れたが。
舞踏会の夜、レナードが意識を失ったヴィオラを抱えて戻って来た。レナードは、ヴィオラを部屋まで運びベッドに寝かせると、直ぐに立ち去った。
レナードが、馬車に乗り込むと控えていた従者がデラへと声を掛けて来た。
そして、デラはその従者に小さな布袋を渡された。
「これを、モルガン侯爵の部屋に隠して下さい。本人には無論の事、誰にも気付かれない様お願い致します。もしも時は、分かっておいでと思われますが、決して殿下の名は口になさらぬ様」
最初デラは訳が分からず、戸惑い拒否をした。だが。
「ヴィオラ嬢の為にも……お願い致します」
言い回しは穏やかだが、これは脅しだ。断れば、ヴィオラの命が危険に晒される。
デラは唇を噛み締め、承諾した。
受け取った布袋の中身は毒だった。
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