第30話

「罪深い、か……」


レナードが言っていた言葉だ。ヴィオラは、ベッドから起き上がり、窓の外を見た。散歩の時のレナードの言葉が気になり、中々寝付けない。


どうして、涙を流したのだろうか……何故あんなに辛そうだったのか……。


記憶を取り戻せば、その理由は分かるのだろうか。

私は一体誰なの?


私は貴族の令嬢で、ここにはのレナードに同行して来た。


名前はヴィオラ。

侍女のデラ。

のレナード。


レナードは、自分を酷く可愛がってくれる。いつも優しくて、優しくて……ふとした瞬間レナードの優しさが怖くなる事もある。彼の優しさは、今のヴィオラに向けてのものなのか。それとも、記憶を無くす前のヴィオラへのものなのか。

下らない考えだ。自分でも莫迦莫迦しいとは、思う。どちらも、ヴィオラである事に違いはない。だが、自分がレナードが、分からなくなる。記憶がないだけで、当たり前の事すら不安に感じてしまう。


私に家族はいない。目が覚めた時には城の一角にある部屋のベッドに寝かされていた。私には実家がない。何故なのか。私は歩けない。何故なのか。


レナードに、自分が何者であるか幾度も尋ねたが、いつも上手く誤魔化されしまう。無論デラにも尋ねてみたが、黙り込みただ首を横に振るだけだ。


誰も私が何者なのかを、教えてくれない。何故なのか。


「私は……誰なの」


自分が何者か分からないのが怖くて、ヴィオラは自分に怯えた。




翌る日、結局余り眠る事が出来なかった、ヴィオラの元を、今日もレナードは訪れた。


「ヴィオラ、散歩に行こう」


毎日同じ時間にレナードは、ヴィオラの部屋を訪れる。そして2人で散歩へと出掛けてる。ヴィオラはこの散歩の時間が好きだった。この時だけは、レナードを独占できる唯一の時間だ。


朝の散歩が終わるとレナードは仕事の為、自室に篭ってしまうので、夕餉までは姿を現す事はない。正直寂しいが、仕事故致し方がなく我慢するほかない。


「レナード様」


「どうかした?」


いつもの道順を辿り歩いて行くレナードに、いつもの如くお姫様だっこをされるヴィオラ。暫く歩いた時、ヴィオラは口を開いた。


「その……レナード様は、私の、こと」


「好きだよ」


躊躇うヴィオラに、レナードは何の迷いも無くそう答えた。


「ヴィオラ、君が好きなんだ。例え、君から拒絶されようと……」


レナードが、悲しく笑う理由をヴィオラは分からなかった。何故そんな顔をするのだろうか。何故そんな風に言うのだろう。


「レナード様、拒否なんて、そんな……私もレナード様が、好きです」


ヴィオラは、はにかみレナードの頬に手を当てる。レナードは、その手に擦り寄るようにして目を伏せた。


「本当に、僕のこと好き?」


「はい、勿論です」


「…………ならヴィオラ、約束して欲しい。何があろうと、僕を嫌いならないで。僕だけを、好きでいると誓って欲しい」


「レナード様」


「ヴィオラ、約束して。誓うと」


「……誓います」


ヴィオラは少しの躊躇いの後、ゆっくりと頷いた。その言葉にレナードは、安心した様に、屈託の無い笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと地面に膝を折り座る。

自身の上にそのままヴィオラの乗せ、自由になった手でヴィオラの頬に触れた。


「ヴィオラ……僕の、愛しいヴィオラ」


ヴィオラは親指で何度も唇を撫でられ、恥ずかしさに頬を染めた。熱っぽい瞳でこちらを見遣るレナードに釘付けになって、心臓が高鳴り、微動だに出来ない。

ゆっくりと近付いてくるレナードの唇が見えて、ヴィオラは瞳を伏せた。


触れるだけの口付けは次第に深いものへと変わる。頭がぼうっとして、何も考えられなくなっていく。自分が何者かなんて、どうでもよくなるくらいに……。


レナードがいれば、それでいい……ヴィオラはこの時はそう思った。彼がいたら、何もいらない。ずっと、このまま彼といたいと……。



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