第13話
舞踏会当日。朝早くヴィオラは目を覚ますと、夕刻からの舞踏会に間に合う様に支度を始めた。といっても、自分では何も出来ない故デラ任せである。
ヴィオラの部屋には続き部屋があり、出入り口ではないもう1つの扉を開けると、湯網が出来る様になっていた。デラは慣れた手付きでヴィオラを抱き上げると、続き部屋へ向かう。
ヴィオラを抱き上げる度に、ヴィオラが小柄の痩せ型で良かったと思う。女性であるデラにも軽々持ち上げる事が出来るからだ。
この侯爵家は、皆一様にヴィオラ以外は長身の、ガッチリとした体型であり痩せているとは言い難い。
その中で、何故かヴィオラだけは小柄で痩せている。いや、そう言えばミシェルも長身でガッチリとはしていたが、スラリとはしていた。
「デラ、今日は念入りにお願いね」
ニコニコしながらそう話すヴィオラの身体を、デラは丁寧に洗っていく。
「朝からご機嫌ですね、ヴィオラ様」
「ふふ、だって今日はついに舞踏会の日なのよ!私生まれて初めてだわ」
昨日のレナードの登場により、すっかり元気を取り戻したヴィオラはずっとこの調子だ。余程嬉しかったと見える。まあ、あれだけ高価なドレスを1度に数着も贈られれば歓喜しない女性はいないだろうが。
「きっと、素敵な場所なんでしょうね」
ヴィオラは湯をチャプチャプさせながら、感嘆の声を洩らした。
これまで本で幾度も読んだ、華やかで煌びやかな世界が現実となる。自分には一生縁がないものだと諦めていたものが……そう考えるだけでも嬉々とするのに、レナードからあんなに沢山のドレスを贈られたのだ。まるで夢の様に思えてくる。
姉さん。
チャプンッ。不意にヴィオラはお湯を軽く叩たいた。
私ね、王太子殿下から舞踏会へお誘いを受けたの!しかも、こんなに素敵なドレスまで頂いて!凄いでしょう?
瞬間そんな言葉が頭を過ぎった。ミシェルが生きていたら……多分そういって自慢したに違いない。そうしたらきっとミシェルは茶化してきて「姉さんと殿下じゃ釣り合わないよ」って笑うだろう。でもミシェルは優しいから、きっと一緒に喜んでくれる……。
急に温かい筈のお湯が、水の様に感じた。身体がスッと冷えていく……。
レナードと出逢ってから、毎日が夢の様でミシェルの事は、どこかで頭の片隅に追い遣ってしまっていた。決して忘れていた訳ではない。だが、ミシェルの死から半年程しか経っていないのに、随分と薄情な姉だ。
「ヴィオラ様?如何なさいましたか」
急に黙り込んだヴィオラを心配になってデラは声を掛ける。
「……へ、あの、その、何でもないわ」
そう言ってぎこちなく笑うヴィオラに、デラは眉をひそめた。やはり、舞踏会に参加するのは不安だ。
「デラ、どうかしら?」
「よくお似合いですよ、ヴィオラ様」
こんなやり取りを半刻は続けている。いつも下ろしている長い銀色の髪を綺麗にまとめ上げ、そこにレナードからの贈り物である髪飾りを留める。数着の中からヴィオラが選んだドレスを着せて、装飾品で飾っていく。仕上がりは、正に本の中から現れたお姫様の様だった。
「デラ、おかしくない?」
「おかしくありませんよ、とてもお似合いです」
「ねぇ、デラ」
ヴィオラは生まれて初めて着飾った事に、嬉々としながらも不安もある様子だ。先程から落ち着きがない。
だが、愛らしいヴィオラに限って似合っていないなどあり得ないと、デラは胸を張って言える。故にそこに心配はない。
「はい、はい、何でしょう」
デラは軽くヴィオラをあしらいながら、櫛やら使わなかった装飾品を片していく。
「私……どうやって、舞踏会へ行けばいいの」
ピタリとその瞬間、デラは固まった。確かにそうだ。馬車に乗って城までは行く事は出来るだろうが……その後は……。
「お城に着いたら、どうしたらいいの?」
1人で歩けないヴィオラは、誰かに抱えて貰うしかないのだが……。例えばその問題が解決した所で、舞踏会に誰かに抱えられた状態で入場し、その後広間に椅子を設置して座るなどあり得ないだろう。そもそもそんな状態で、入場させて貰えるのかも不明だ。
「ねぇ、デラ」
不安げな声を上げるヴィオラに、デラは何も答えられない。本来なら「デラにお任せ下さい」くらい言ってのけたい所だが生憎妙案は浮かばない……。出来れば行かせたくは無かったが、半ば諦めていた為他意はない。本当にうっかりしていた。浮かれるヴィオラを見て、デラも何処か浮かれていたのかもしれない……。
だが、これは
「ヴィオラ様、申し訳ございません。うっかりしておりました。そこまで気が回らず、本当になんといいますか……」
デラは申し訳なさそうに、遠回しに舞踏会には参加出来ない事を告げた。その瞬間ヴィオラが落胆しているのが、目に見えて分かった。
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