第10話

舞踏会まで後2日。レナードはいつもの様に屋敷を訪れ、夕暮れには帰って行った。


ヴィオラは、レナードが帰るといつも寂しそうにしている。だがデラは正直、レナードが帰ると安堵した。


ガチャッ。


帰った筈なのに、扉は再び開かれた。今部屋の中には、デラはいる。なら、一体誰が。もしかして、レナードが戻って来たのだろうか?


ヴィオラとデラは、顔を見合わせた。


「……えっと、誰ですか」


開かれた扉の前に立つ少女に、目を丸くしながらヴィオラがそう述べると、その言葉に目前の少女は顔を引き攣らせているのが分かった。


暫し沈黙が流れ、ヴィオラはデラを見遣り助け舟を求める。デラが驚いた様な、気まずそうな表情を浮かべ、口を開きかけた時だった。


「ちょっと‼︎誰とは何よ。私の事、分からない訳⁈」


「……」


誰だろう。全く分からない。でも、凄い怒ってるみたい……どうしよう。一体、誰⁈


ヴィオラは、少女が誰なのか全くもって分からない。怒られても、正直困る。


「どういう事⁈歩けない上に記憶喪失になった訳⁈」


ヴィオラが黙り込み考えている間も、少女は鋭い目でこちらを見ながら喚いている。よく聞くと、かなり失礼極まりない内容だ。


「ちょっと、信じられない。アンナリーナよ‼︎」


「……」


アンナリーナ?えっと、誰だっけ。聞き覚えはあるような……。ヴィオラは本気で悩んでいた。


「ヴィオラ様……妹君のアンナリーナ様です」


見かねたデラが、とうとう助け舟を出した。最初こそワザと知らないフリをしているものとばかり思っていたが、ヴィオラは本気で忘れている様子だった。


「妹……あぁ」


妹のアンナリーナか。すっかり名前なんて忘れていた。何しろ最後に会ったのは10年程前だろうか……。ヴィオラの中の妹は、幼子のままで止まっている。


「自分の妹を忘れるとかあり得ない!莫迦なの⁈」


先程からやけに暴言を吐く。随分と口も態度も品がなく育ってしまったなぁとヴィオラは他人事の様に思った。別に自分自身が淑女だと思っている訳ではないが……流石に酷い。


「アンナリーナ様、御用件はなんでしょうか」


デラはヴィオラを庇う様に、アンナリーナの前に立った。


「ふん。主人が主人なら侍女も侍女ね。躾がなってないわ」


それは、貴女では……と思ったがヴィオラは口を噤む。


「アンナリーナ様、御用件をどうぞ」


「煩いわね!2回も言わなくても聞こえてるわよ!」


デラの態度にかなり苛立ってる様子でアンナリーナは喚いていた。


「お姉様」


あ、そこはお姉様と呼んでくれるんですね。なんて、ヴィオラはちょっと嬉しく思った。


「どうしてお姉様の部屋なんかに、王太子殿下がいらっしゃってる訳⁈おかしいわ!」


そう言えばなんでだろう。まるで考えた事が無かった。ヴィオラは、アンナリーナの言葉に固まった。これまでレナードが会いに来てくれる事に嬉々としていたが、よくよく考えたらあり得ない事だ。


レナードはこの国の王太子であり、ヴィオラは一介の侯爵令嬢に過ぎない。それは確かにおかしい……アンナリーナが正しい。


「確かにそうね、おかしいわ」


ヴィオラは悩む。何故だろう。ミシェルの事を知っている口振りだったが……結局詳しく聞いていなかった。


「は?何よ、それ」


「だって、良く考えたらおかしいなと思って……私みたいな者にレナード様が毎日の様に会いに来て下さって、しかも毎回お土産まで持参して下さるし……しかも、今度の舞踏会にまで招待して下さって、しかも、こんな素敵なドレスまで頂いてしまって、しかも」


ヴィオラの『しかも』は、まだ続く。デラは苦笑した。本人に他意はない。別に優位マウントしたい訳ではないだろう。だが、必然的にそうなってしまっている。


アンナリーナを見遣ると、顔を真っ赤にして凄い形相でヴィオラを睨みつけていた。悔しくて堪らないという顔をしている。


「しかもね」


「しかも、しかも、煩いわね‼︎何よ、それは自慢⁈信じられない。何がドレスよ‼︎舞踏会よ!王太子殿下から頂いたですって⁈」


ヴィオラはアンナリーナの怒り様に、驚き口を噤んだ。呆然として、目を丸くしている。


「あんたなんてね、こんな部屋に閉じこもってるだけで、なんの役にも立たない癖に」


「……それは、歩けないから」


「そうね、歩けなくて役立たずで、侯爵家の恥晒しよ!お母様もいつも仰ってるわ!」


……確かに、そうだ。昔お母様から良く言われたのを覚えている。ヴィオラは手をキツく握りしめた。


「その役立たずが、殿下に舞踏会に招待されて、ドレスまで贈られて……何浮かれてる訳?莫迦じゃないの?殿下はね、あんたの事が物珍しいだけなの!……こんなものっ」


アンナリーナは、壁に掛けてあるドレスを乱暴に掴んだ。デラから汚れてシワになると言われてから『ならせめて眺めたい』とヴィオラは言って、壁にドレスを掛けて貰っていた。


「や、やめてっ」


「アンナリーナ様!おやめ下さい!」


ヴィオラは声を荒げる。デラは急いでアンナリーナを止めようとするが、アンナリーナはドレスを掴んで離さない。


「アンナリーナ様っ、お離し下さい!」


「嫌よ‼︎どうして、役立たずのこの人が殿下に可愛がられてるのよ!赦せないっ」


ビリビリ……鈍い音が部屋に響いた。


「っ……」


ドレスは見るも無惨に裂けていく。まるで、ゆっくりと時間が流れているように感じる。ドレスはヴィオラの目前で、引き裂かれていった。





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