第9話
「そうだ、ヴィオラ」
いつもの様に、レナードが部屋を訪れ、いつもの様に、ヴィオラを膝の上に乗せるレナード。最近ではこの光景が当たり前となり、始めこそ恥ずかしがっていたヴィオラも今では自ら「レナード様、抱っこして下さい」とまで言うようになっていた。デラは頭を悩ませていた……。
デラはレナードが帰った後何度かヴィオラに注意をした、が直らない。それというのも、レナードが兎に角ヴィオラを甘やかす。何を言っても「レナード様が……」と返してくる。ヴィオラは完全にレナードに、依存し始めているように思えた。
だがこれ以上は一介の侍女に過ぎないデラが口を挟む事は出来ない。
レナードはヴィオラには、どこまでも優しい。だが、デラを見遣る目はそうではない。何処か冷たく鋭い目。レナードに嫌われるような覚えはないが、多分彼の本質はこちらなのかも知れない。
「なんですか?」
ヴィオラは、長椅子に座るレナードの上で横抱きにされながら、嬉しそうに答えた。
「今度、城で舞踏会があるんだ。ヴィオラも、おいで」
「舞踏会……」
舞踏会と聞いて瞬間ヴィオラは花が咲く様に笑みを浮かべるが、直ぐにその花は萎れてしまった。
「レナード様……私は舞踏会には、行けません」
「どうして?賑やかな場所は嫌いなのかな」
ヴィオラの頭の中にあの日言われた言葉が蘇る。
『歩けない娘なんて見っともなくて、舞踏会に連れて行ける訳ないでしょう』
「そんなに噛んだら、君の愛らしい唇が傷ついてしまうよ」
レナードはそう言いながら、ヴィオラの唇を親指で優しく撫でた。どうやら、無意識の内に唇を噛み締めていたようだ。
「へ、私……」
「大丈夫だよ、怖くない。僕が君の盾なり剣となる」
唇と唇が触れそうな程近い距離に、ヴィオラの心臓は破裂寸前だった。息すら忘れて、ただレナードを凝視する事しか出来ない。
「だから、ね?怖くないよ。……舞踏会に参加、するよね?」
優しく、何処か妖艶さが見え隠れするレナードの笑みにヴィオラは釘付けになり、ヴィオラは視線をそのままに、ゆっくりと頷いた。
「いい子だね」
レナードの甘く優しい声色が耳に響いていた。
舞踏会まで、後3日。ヴィオラは舞踏会が待ち遠しくてしょうがない。レナードと舞踏会に行くと約束をした日から指折り数えいる。
「ねぇ、デラ。ドレスを取ってくれる」
「また、ですか?余り手にされるとシワもよりますし、汚れてしまいますよ」
デラはクローゼットの中から、ドレスを取り出す。デラが手にしたドレス以外は、どれも地味で質素で飾りっ気のないものばかりだ。
これまで外に出る機会がなかったヴィオラに取っては、華やかなドレスよりも動き易く機能的な方が大切だったからだ。
そうなると、舞踏会に着ていくドレスがない。本来ならヴィオラの両親に報告し、ドレスを新調するのが道理だが、もし舞踏会に行くと報告すれば「見っともない。侯爵家の恥」と却下されるのは目に見えている。故に、舞踏会への参加は両親達には内密になっている。
「何度見ても、素敵……」
ドレスをデラから受け取ったヴィオラは、感嘆の声を洩らす。
このドレスは、レナードが用意してくれた物だ。こちらが、事情を話さずともレナードは元々ドレスを用意するつもりだった様だ。
その理由は、舞踏会の会話の翌る日には、縫製職人を連れて屋敷を訪れた。ヴィオラの身体を隈なく採寸していく。
そしてドレスだけでなく、装飾品の全ても用意してきた。ヴィオラは終始歓喜していたが、デラの表情は曇ったままだ。
「殿下、ヴィオラ様をどうなさるおつもりですかっ……」
その日の帰り際、屋敷を後にするレナードをデラは呼び止めた。
「君には関係ない事だ」
ヴィオラと一緒の時と纏う空気がまるで違い、鋭く刺さる視線を向けてくる。その事に、デラを息を呑み怯んだ。
「で、殿下には……婚約者の御令嬢がいらっしゃるのでないのですかっ……」
なんとか絞り出した声は、少し震えた。
「もう1度言う。君には関係ない。これは、僕とヴィオラの問題だ。……言葉が過ぎる」
デラは、思い出してため息を吐いた。
そして、ドレスを手にして嬉しそうに笑うヴィオラを見遣る。正直、嫌な予感しかしない。
何ごとも、無ければいいが……。
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