第2話
「っ……」
また、だ。また、同じ夢。
ヴィオラは目を開けると、ゆっくりと身体を起こした。部屋を見渡し、窓の外へと視線を向ける。どうやら、いつの間にか眠ってしまったみたいだ。庭の木々が、緋色に染まって揺れている。
今から、いつ月程前……
ヴィオラがその事実を知ったのは、ふた月と少し前だった。必ずひと月に2回はヴィオラに会いにくるミシェルが珍しく会いに来ない。始めは忙しいのだと、気にしない様にしていた。だが、やはり気になってしまう。
どうしても来れない時は、ミシェルは必ず手紙を送って来てくれたのに、今回は……それもない。何だか、胸がそわそわした。
そんな日が、み月続いた。ヴィオラは、見るからに元気をなくし寂しそうに窓の外ばかり眺めていた。その様子に、デラは唇を噛み締める。
「ヴィオラ様、窓を閉めますね。今日は風が少し冷たいですから」
「……ねぇ、デラ」
「なんでしょう」
デラは振り向く事なく窓の閉じ、鍵を掛けた。
「どうして、ミシェルは来ないのかしら。……私の事嫌いになったのかな。手紙を出しても返事もないの。……やっぱり、ミシェルも、私の事見放して」
「違いますっ‼︎」
ヴィオラの言葉に思わずデラは声を荒げた。声が震え、込み上げる熱いものが抑えられないデラの瞳からは、涙が一雫流れる。ゆっくりと、振り返りヴィオラを見遣る。
「……」
どうして自分は察しがいいのだろうと、笑えてくる。ヴィオラはデラの様子を見た瞬間、分かってしまった。色々な線が繋ぎ合わさり、一つになる。
最後にミシェルに会った時、弟は陛下の護衛団に抜擢されたと言っていた。そして、それから弟は姿を見せなくなった。デラに聞いても、首を横に振るばかりで何も言わない。ヴィオラが心配だと言っても、苦笑し流された。
デラは、始めからミシェルがどうして来なくなったのか知っていた。
「どうして……」
頭がクラクラする。頭が真っ白になり、何も考えられないし、考えたくない。そのままヴィオラは意識を手放した。
これがミシェルの死を知った時で、今からふた月前の事だ。
「姉さん!」
不意にミシェルの声が聞こえた気がして、ヴィオラは部屋を見渡した。だが、静まり返る部屋にはヴィオラ1人だけだ。今はデラは、用があり部屋にはいない。
たまに、ミシェルが自分を呼ぶ声が聞こえる気がする。これは自分自身の願望だろう。もう1度、
暫くヴィオラは瞬きも時間も忘れ、扉をただ眺めていた。
いつも、あの扉を元気よく開けミシェルは入って来た。嬉しそうに笑い『姉さん』と呼んでくれる。ベッドの横に座り、照れた様な表情を浮かべ手土産を渡してきて、デラの淹れたお茶を飲みながら2人でお喋りをする。
外に出れない自分の代わりに、ミシェルは外の世界の話を沢山してくれた。そして、必ず最後には、同じ台詞を言って、部屋を後にする。
「姉さん!僕絶対、頑張って出世するからね!それまで、待っててよ」
待っててよ……この言葉の意味をヴィオラは知らない。何を待つのか。結局聞かずじまいだったなぁ。余りに嬉しそうにしているから、水を差す様で聞かなかった。いつか、分かるだろうと呑気に考えていた。
「聞いて、おけばよかった……」
こんな、結末が訪れるなら、ちゃんと聞いておけば良かった。なんて、私は莫迦なんだろうか。
「ミシェル……」
ミシェルの死を知っても、ヴィオラは、涙を一粒すら流さなかった。自分でもその理由は分からない。悲しい筈なのに、まるで心が凍りついた様で……泣きたいのに、泣けない。
これまで、嫌という程泣いてきたのに。幼い頃、外で遊びたいと、歩きたいと泣いた。両親や兄、姉、妹達に会いたいと寂しくて泣いた。社交界デビューする歳になり、舞踏会に行きたいと母に言った時「歩けない娘なんて見っともなくて、舞踏会に連れて行ける訳ないでしょう」と言われ、この部屋でひっそりと涙を流した。
それなのに、最愛の
自身の情けなさにヴィオラが、シーツをキツく握り締めた時だった。扉が開いた……ノックが無い。デラなら必ずノックをして声を掛けてから入って来る。なら、一体誰……?
「ミシェル⁈」
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