深窓の令嬢は、王太子殿下に持ち運ばれる

秘翠ミツキ(旧秘密)

第1話

「姉さん、具合はどう?」


そう言いながら、部屋の扉を開けて中に入って来た少年は心配そうにコチラを覗き込んだ。


「ミシェル、もう大丈夫よ。ちょっと、風邪ひいちゃっただけだから」


ベッドに横になり、ミシェルへと視線を遣る少女の名はヴィオラ。この広い屋敷の主である侯爵の娘だ。


「そんな事言って……ダメだよ。姉さん、まだ寝てないと」


ミシェルは、ベッドに近寄りクッションの下に隠された本を引っ張り出した。


「あ、ちょっと」


「これは、良くなるまで没収するから。デラも、余り姉さんを甘やかさないでよね」


ベッドから少し離れた場所で、ニコニコとしながら立っている侍女のデラにそう話掛けた。


「ふふ、ミシェル様には、負けますわ」


「なっ、僕がいつ姉さんを甘やかしたって言う訳?」


「あら、そちらに手にされてますのは……ヴィオラ様が大好きな砂糖菓子なのでは?」


デラの言葉に、ミシェルは本を持っていた逆側の手を慌てて隠そうとした。その姿にヴィオラもデラも笑った。


ミシェルは、必ず部屋を訪ねて来る時はヴィオラにお土産を持って来る。置物から、装飾品、ドレスからお菓子に至るまで。決して狭くはない筈のこの部屋はミシェルの手土産によって圧迫されつつある。


デラは、古くなった置物やらドレスなど破棄しようとヴィオラに提案してみるが、中々首を縦振らない。それ故どんどん荷物が増えてしまい、デラは頭を悩ませていた。


「そうだ、姉さん。実は僕今度陛下の郊外視察の護衛団の1人に抜擢されたんだ!」



ミシェルがベッドの横に腰掛けると、ヴィオラも起き上がりベッドの上で座った。


「姉さんは、寝てないと」


「大丈夫、ちょっとだけいいでしょう?折角可愛い弟が来てるんだもの」


ミシェルはヴィオラに根負けして、降参した。そして、恒例の姉弟のお茶会が始まる。


デラは、2人分のお茶を淹れて持ってくるとミシェルに手渡し、ヴィオラの分はベッド横にあるサイドテーブルの上に置いた。


ミシェルは、袋から砂糖菓子を取り出してヴィオラに手渡す。ヴィオラは嬉しそうに、一粒摘むと口に入れ「甘い」と言ってはにかんだ。




ミシェルは、幼い頃より騎士団へ入隊し今は、城の騎士団の宿舎で暮らしている故、この屋敷戻って来るのは月に2回程だ。


「それは、凄いわ!あ、でも……」


「どうしたの、喜んでくれないの?」


「ううん、違うわ。勿論、喜ばしい事よ。陛下の護衛団に抜擢されるなんて、凄い事だし、とても名誉な事だわ。でも、その反面危険も伴うでしょう……心配で」


確か数ヶ月程前、陛下の護衛団の1人が酷い怪我を負ったと聞いた記憶がある。もしも、ミシェルに何かあったら……そう思うとヴィオラは心配でならない。


「大丈夫だよ。姉さんは、知らないだろうけど、僕こう見えて剣の腕前凄いんだよ!将来の副団長候補とまで言われてるんだ!」


自慢気に鼻を鳴らし笑うミシェルを見て、ヴィオラの不安も和らいだ。だが、気になるのは、団長候補ではなく、副団長候補という所だ。見栄を張るなら、折角なら団長にしておけばいいのに、と可笑しくなる。ミシェルらしいとも思えるが。


明るくて優しくて、ちょっと抜けているが、そこがまた可愛い弟だ。ヴィオラには、他に兄と姉、妹もいる。だが、ヴィオラを慕ってくれるのはこのミシェルだけだった。


「姉さん!僕絶対、頑張って出世するからね!それまで、待っててよ」



まさか、これが最期になるなんて……。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る