妹、ギルドに入る

「わくわくしますね! お兄ちゃん!」


 ああ、やっぱりそうなるよなあ……」


 俺は天を仰いでいた、できれば妹には普通の生活をさせてやりたかった、俺がこんなスキルを覚えたばっかりに……


「お兄ちゃん? 聞いてますか?」


「ああ、聞いてる聞いてる」


 もちろん魔物を狩るならギルドに入っておいた方が圧倒的に効率がよい。


 いい狩り場、高い買い取り価格、討伐依頼、その他諸々、まったくもってありがたい制度なのだがコイツとは無縁でいて欲しかった。


 父親も母親も割とよく傷だらけで帰ってきていたのを記憶している。できればそんな血なまぐさい生活はしたくないのだが。


「まったく! お兄ちゃんは私たち兄妹の門出に無関心すぎませんか?」


「本当に入るのかお前? 俺だけならともかく、まだジョブももらってないのに入ろうなんて止められると思うんだが」


「お兄ちゃんは私の実力を御存じないと?」


 いやあれ俺のスキルのおかげじゃん、と言いたいけどどっちみち入るルートにはなりそうだな。


「わかったよ、危ない依頼に手を出さないのが最低条件だからな?」


「分かってますよ、というかお兄ちゃんと一緒なら危険な依頼なんてないに等しいじゃないですか?」


「そう言う油断と慢心が……まあいいや、危なくなったら逃げろ、それだけでいいから覚えておいてくれ」


 ミントが頷く、多分この調子だとスキルも増えるんだろうなあ……なんかコイツが増長する様が見えてしまうな。


 スタスタとギルドへの道を歩む俺の足は重い、なぜって? そりゃあ戦闘向けのジョブの奴らがこの前たくさん登録してるもんなあ……あいつやあいつやあいつや、顔は幾つも思い出せる。戦闘職への適性をもらった連中の嬉しそうな顔は心からはなれてくれない。


「お兄ちゃん?」


 気がつくと少し不機嫌そうなミントの顔が目の前にあった。


「うわっ! なんだよ急に……」


「いいですか? お兄ちゃんと私がコンビを組めば無敵なんですよ? どうせみみっちいこと気にしてるんでしょう? 大丈夫です! なにせ私がついてますからね!」


 胸を張るミントにかける言葉を考えていると石造りのギルド建物前に着いてしまった。俺の目の前にはいかめしい扉がある。


 俺が少しためらってからドアノブに手をかけるとミントも俺の手に合わせてきた。


「緊張するのは分かんないでもないですけどね、大丈夫、私がいます!」


 ガチャ……ギィィ


 ドアがきしみながら開いた、中にはやはり見知った顔があった。


「おう! 「お兄ちゃん」じゃねえか! マジで妹連れてきてやんの! 笑える!」

「おいおい、幾ら何でも妹同伴でギルドに来るとか恥を知らねーのかよ!」


 しかし全員がそうした罵声を浴びせてくるわけでもなかった。


 ギルマスとの一件は少し知られているのか、マスターと知り合いだろう古株たちは俺たちのことを奇妙な目では見るものの罵声を浴びせるようなことはしなかった。


 ミントはなんの迷いもなく受付に歩いていく。


「登録お願いします! 私とお兄ちゃんの二人分、入会用の補償費はこれで足りますよね?」


 ぽんと金貨の入った小袋を置く、この前のビッグボアの討伐報酬の一部だった。


 当然受付の人もその時と一緒なので引きつった顔はしながらも滞りなく受付は受理された。そして受付嬢の人はシステムの説明をしてくれた。


「説明が要りますよね? ウチではFからSSSランクまでの階級があってプラマイ三段階以上はなれた依頼は受けられなくなっています。危険の軽減と、下位ランクの依頼を上位ランクが総ざらいするのを防ぐためですね。基本的にはFからなんですけど、お二人なら特例でCまで初期ランクを引き上げられますがどうします?」


「Fランクでお願いします!」


 俺はミントが上位ランクで申請する前に最低ランクで登録を申請した。できれば安全にいきたいんでな、いきなりデカい魔物相手とかは勘弁して欲しいし、コイツへの危険も増すからな。


「お兄ちゃんは野心がなさ過ぎです! もっと上昇志向を持つべきムヘっ!」


 俺はミントの口を塞いでFランクで登録を済ませた。


「ではこちらへ生体情報の登録をお願いします、手をあてると認識される魔法がかかっています」


 板を一枚こちらへ差し出してくる。そこには「いかなる事故があっても国家、ギルド、依頼主の責任を問わないものとする」という一文と手をあてるスペースがあった。


 俺が手をあてると鈍く光って光が収まると次にミント用の情報が書かれた板を差し出された。


 渋々手をあてていたら情報の登録が終わった。


「じゃあ依頼を受けましょうか!」


 そう言って俺の手を取って依頼の貼られた掲示板へ手を引こうとしたところで声がかかった。


「待てよ! お前みたいなのが討伐依頼を受けられるわけねーだろ! 死人が増えるとギルドの信用問題なんだよ!」


 俺がジョブをもらったときに一緒にいた顔ぶれの一人が文句をつけてきた。

 しかしミントは構わず俺の手を引く。


「おい! 聞いてんのか!」


「あん……やる気ですか? 私とお兄ちゃんに敵うとでも思ってるんですか?」


 途端に口の悪くなるミント、こっちが本性なのだろうか?


「おう! じゃあお前と兄貴の強さってのを見せてみろよ? できるもんならな! ハッ」


 わかりやすく小物感を出す同期に俺は気の毒にすらなったが、もはや妹の怒りの限界を超えていた。


「ここ、一応テスト用の修練状がありましたよね?」


 受付嬢に聞くミント、やる気は揺るぎないものになってしまったようだ。


「え、ええ。奥にありますが、その本当にやるんですか? お相手はEランクですよ?」


「当たり前じゃないですか」


「いえ、お相手の方に聞いているのですが……」


「はあ!? 俺がこいつらと戦わない理由があんのかよ? 安心しろ! 殺しはしないぜ? せいぜい半殺しくらいだ」


「本当にいいんですね?」


 念を押してくる受付の人に強く出る同期、ミントって怒ると結構怖いんだが、もちろんそんなことは知らないわけで……


 俺たちはギルド奥の修練場へ来てしまった。あーあ、知ーらないっと。


「お兄ちゃん! バフよろしく! 全アップでいきますよ!」


 はいはいっと

 ピコーン

 「妹バフ」を試用します

 ――

 現在のステータス

 力「E」

 体力「E」

 魔力「F」

 精神力「F]

 素早さ「F」

 スキル「なし」

 ――

 全ステータスアップ

 ――

 現在のステータス

 力「B」

 体力「B」

 魔力「C」

 精神力「B]

 素早さ「B」

 スキル「なし」

 ――


 これで負けることはないだろう、できれば死人が出ないように願っておこう。


 このスキル、ある程度の指定はできるのだがどうやら微調整はできないようで、ギリギリ勝てるくらいというバフはできず、俺の力の限りステータスを底上げするらしい。


「こっちの準備はいいですよ? 覚悟の準備は出来ましたか?」


「いい度胸じゃねえか! 痛い目を見てもらうぞ!」


「えーと、では……始め!」


「くらえ!」


 名も知らぬ同期の斬撃は見事に空を切った。


「え? あれ? どこに行った?」


 ミントが後ろに回り込んでいる速度について行けていないようだった。


 喉笛にピタリとナイフを当ててミントが言う。


「これ以上勝負しますか? 私はどこまででも付き合ってあげますよ?」


「降参! 負けました!」


 その言葉でジャッジをしていた受付さんも勝敗を決めた。


「ミントさんの勝利です!」


 そうして修練状から意気揚々と出てきたミントに驚いた様子の連中が多数見受けられるが、その後に続いて顔を青くした同期が出てきたのを見て俺たちへの一切の罵声が起きることはなかった。


 代わりに……


「な? 言ったろ? 俺の勝ちな、金貨一枚」


「ちぇ……なんだよミントちゃんすごく強いじゃねえか、Fランクとか詐欺だろ」


 俺たちの戦闘結果について賭けをしていた連中が渋い顔をしたりホクホク顔をしたりしていた。


「なあミント、依頼を受けるのは明日にしないか? 少し目立ちすぎだ」


 俺たちは一躍注目の的となっていた、あまり心地のいい視線ではない。


「しょうがないですねえ……では、皆さん! 私にけんかを売るのはお兄ちゃんにけんかを売ることであり、お兄ちゃんにけんかを売るのは私にけんかを売っているのと同じことをお忘れなく」


 そう言って騒がしさをよそに俺たちは、賭けに勝った連中に少し奢ってもらったりしてその日は登録だけで帰ることになったのだった。

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