episode0-1
轟々と焔が燃えていた。
それは、赤いドレスを着た妖精が舞い踊るかのように、美しくも恐ろしい光景だった。
見慣れた廊下は赤色で染まり、今朝世話をしてくれたメイドたちはうつろな瞳で虚空を見上げている。力なくだらりと下がった血まみれの四肢。彼女たちに生気はない。苦しそうに歪められた表情だけが、事切れたときの凄惨な様子を表しているかのようだった。
部屋から出た途端、炎が風に巻き上げられ、頬が焼けるように熱く傷んだ。あまりの恐ろしさに母の腕に縋り付くと、母はイリアの肩を抱いてくれた。
優しい優しい母。大好きな母。
そんな母が、泣いていることに、イリアはもうとっくに気が付いていた。あまりの熱さに喉が焼かれ、涙は炎の熱で蒸発してしまう。息をする毎に肺がチリチリと燃えるようだった。呼吸をしても、息が肺に届かないのだ。暫く走った後、苦しさのあまり、イリアは座り込んでしまった。
「イリア、イリア、立ち上がりなさい」
「…おか、さま…息が…」
「……っ、さぁおいでなさい。お母様が抱っこしてあげますからね」
しゃがんだ母が、微笑みながら両腕を広げたときだった。イリアは目の端で男が二人やってきたことに気がついた。
「おかあさま!」
叫んだイリアに、母はギクリと身体を揺らした。すぐに事態を把握したらしい母は唇を噛み締め幾らか逡巡した後に、飾り机の下にイリアを押し込んだ。
「おかあさま、いや!!」
叫んで手を伸ばしたイリアに、母は穏やかに微笑んで唇に人差し指を置いた。
「声を出してはなりません」
イリアには、そう母が言っているように聞こえた。
口を両手で抑え、イリアはズルズルと座り込む。頷いた母はイリアに背中を向けた。
「……おや、これはこれは、王妃様ではありませんか」
「セルジュ・オダシウス……っ、なぜ、このようなことを!」
「本気で分からないんですか? あなたの夫が、国王陛下がこれまで何をしてきたか、あなたはご存知ないと?」
「それは…っ、それは、あなたの勘違いです! セルジュ、陛下は貴方を殊更目にかけておりましたのに…っ!!」
「黙れ」
「っ」
ザシュ、とイリアには聞いた事のないような鈍い音がした。母の小さく息を飲んだような声がしたかと思うと、苦痛に呻く声が続いて聞こえた。
「お前ごときに、俺の恨みは分かるまい…! っ、それよりも、王妃様、あなたに聞きたいことがあるんだ。あのローズクォーツの欠片をどこにやった?」
「はっ、教えるわけがないでしょう…貴方の手に渡ればどうなるか、赤子でも考えれば分かることです!」
「威勢がいいですね、王妃様。あなたには守るものなどもう何も無いでしょうに」
「そう思っているのは、あなただけですわ!」
「…っふはは、ならば、仕方ない…。あぁ…そうだ、いいことを考えた。おい、お前に王妃様をやろう」
「えっいいんですか! セルジュ様!」
「あぁ、王しか知らないプライドの高い王妃様に、他の味を教えて差し上げろ」
「やった! ありがとうございます!」
「っ、なにを、っこれ以上近づくな無礼者!!」
「へへ、王妃様、今更虚勢を張っても遅いですよ! 王様は死にましたし、レティシアお嬢さんもね……」
「嘘を言うな! レティシアはまだ生きています!! っ、なに、を、っ!? ……やめろ、来るな!! やめろおおおおおお!!!!!」
ぁがっ、と母が呻く声が聞こえたかと思うと、続いてどさりと人が1人倒れる鈍い音がした。ズル…ズル…と床を引き摺るような音が近づいてくる。イリアは必死で息を止めた。
机の隙間から、2人の男が母の髪を掴んで引き摺っている様子が見えた。ぐったりと項垂れた母の顔には青色の鈍い痣があった。酷く殴られたのか、小刻みに瞼が震えている。
あまりの母の変わりように、イリアは泣き叫びそうになった。
「ローズクォーツはどこだ……」
「セルジュ様、イリアお嬢さんが持ってるとかじゃないですか?」
「まさか、ここは三階だぞ? とうに焼け死んでいるだろうさ。それに、こちらはこちらで手駒を一疋手に入れた。」
「随分と活きがいい手駒みたいですけど、噛まれないようにしてくださいね!」
「黙れ、いいから王妃様を運べ。」
「へいへい、まったくセルジュ様はおっかないんだから。あ、王妃様を楽しませてもらったあとはどうします?」
「はっ、愚問だな」
鼻で笑う男の声が聞こえた。
「殺せ」
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