第33話 武術大会
フゥ~疲れたな~。
朝から動いていたのに、もう半日以上経ったのか。
俺は急いで宿屋に戻り、ルブレの部屋に行った。
「あ~~ネクト~遅いよ~」
「思ったより時間掛かってな。それよりも、シロロンは文字分かったのか?」
「ううん。駄目だよ」
「まぁ~1日で分かる訳ないよ。根気よく教えればきっと覚えるさ」
俺の見立てでは、シロロンは人間の言葉を少ししか理解出来ないだろう。
ただ知恵があるなら、これから先に言葉の理解や文字の習得も可能かもしれない。
勿論、この世界にも教育はある。
教育内容だが、貴族と平民で別れており、貴族の方はどのような内容かは知らない。
平民については、俺がいた王国では週4日、1日5時間の勉強を学校という場所でする。
最低3年の義務教育だが、それ以上学ぶこともできる。
現にルブレも同じ文字を知っているので、大抵どこの王国でも同じだと思う。
俺は暫くルブレの部屋にいたが、特に変わった様子もないので自分の部屋に戻った。
翌朝、ルブレとシロロンと一緒に武術大会本戦を見に来た。
今日は開始時間前に会場に着いた。
予選と違って、凄い熱気と人で溢れかえっている。
まだ大会は始まっていないので、周囲は通路を行き来している人で込み合っている。
俺等は早めに席に座って、大会が始まるのを待つ。
「よお~探したぜ~会場の入り口で待っていた甲斐があったぜ-!」
「この~田舎仮面。絶対、謝っても許さないから。私が受けた屈辱、倍にして返してやる!!」
突然話しかけてきたのは、3日前に俺等の指定席に座っていた男女。
その男女が、あれだけ俺にやられたのに懲りずにまた絡んで来たのだ。
今日は本戦なんだぞ。周囲の警備も予選とは比べ物にならん。
ここで問題を起こすと、本戦見れない可能性もあるじゃないか。
「何だ。怪我すっかり治ってるじゃないか?お前も高い金払って本戦見に来たんだろ?逃げないから、大会が終わるまで大人しくしてくれよ」
「どんだけ高い額払って治療したと思っているんだ!今日はたっぷり可愛がった後、財産丸ごと奪ってやるから覚悟しろよ!! 兄貴~~~ここです!」
あ~なるほど。教会に行ってヒーラーに治療してもらったのか。
通路はまだ混雑しているが、さっきよりは少しマシになった感じ。
離れた場所の人混みに、男雑魚Aは大声で叫んで手を振っている。
「兄貴はな~Bランクの冒険者だ。お前なんか、けっちょんぎっちょんにやっつけてやるからな!!」
「冒険者?分かったよ。お前じゃ話にならん。その兄貴と話するから」
「覚悟しろよ。偉そうに田舎仮面の分際で。ギャハハ」
ルブレは横目でチラッと雑魚どもを見るが、完全に無視している。良いことだ。
シロロンは相変わらずルブレの肩に乗っている。
そして、兄貴と呼ばれた男が俺の前に現れた。
見た目はモヒカンでアホづらだが、本当に冒険者なのか?
「よお~お前が弟分を可愛がってくれた奴か。俺がここに来た理由は分かるよな?まずは金の話をしよか。なぁ」
「何でも話してやる。その代わり、大会が終わるまで待ってくれ」
「ふざけるな!!」
兄貴と呼ばれる奴はそう言って、いきなり俺に右ストレートのパンチを入れてくるが、実にノロい。
狙っているのは顔面か。
別に避けなくてもよかったが、仮面が壊れたら流石に不味いから受け止める。
受け止めたせいで死角になり反応が遅れ、予想外の出来事が起きた。
俺の横から影が・・気づいたら、シロロンがモヒカン野郎に飛びついている。
「あ~~シロロン。駄目ーーー」
ルブレの声が聞こえた。
もう少しでモヒカン野郎の顔面にシロロンが到達する寸前で、雑魚Aがシロロンを叩き落とした。
シロロンは勢いで少し離れた場所、通路とは違う他の人の席の方に吹っ飛んだ。
俺は慌ててシロロンが消えた方向に駆け寄る。
雑魚共は何か言っているが、俺の眼中にはない。
シロロンを発見できた。
良かった何ともない。勢いよく叩き落とされたから心配したが無事だ。
シロロンは俺の肩に乗せた。
「キャーーーー」「うわぁぁぁ~~」
突然、周囲から悲鳴が聞こえた。
席の方を見ると、ルブレがモヒカン野郎と剣を交えている。
雑魚Aは通路に倒れ動かなくなっており、女雑魚B子は腰を抜かしてヒィヒィ言っている。
ルブレの剣には血が付いている。怒ったルブレによって斬り捨てられ、恐らく一瞬で雑魚Aは死んだんだろう。
当然モヒカン野郎も、ルブレの相手にならない。
やはり一瞬で勝敗は決まった。
俺が制止する間もなく、ルブレはモヒカン野郎の胸に剣を突き刺した。
「シロロンは無事だ。何ともない。」
「クェ~」
ルブレの顔は怒っていたが、シロロンの無事を確認した途端、収まった様だ。
もう大会どころではなくなった。
周囲の騒ぎ方は尋常ではない。
それに伴い、警備隊がゾロゾロ集まってきている。
俺はルブレの近くに戻り
「シロロンを頼む。俺は後から追いかけるから、北門から町を出て道なりに進め」
「でも~・・・・」
「いいから行け。シロロンを守りたいんだろ?ここに居たらシロロンが危ない。安全が確認できるまでバッグに入れて行くんだ。早く行け」
俺は口早にそう言うと、腰を抜かしている雑魚B子に近づく。
ルブレは少しだけ考えていたが「早く来てね」と言って俺の前から姿を消した。
シロロンはルブレが連れて行ったというより、俺がルブレに近づいた時点で肩から飛び移っていた。
「おい、女。やってくれたな。楽に死ねないからな」
「ヒィ~ちち、ち、近づくな・・仮面・・」
俺はアイテムボックスから短剣を取り出し、雑魚B子の片手親指以外の指を切り落とした。
会場は一応武器の所持は禁止だから、アイテムボックスに入れていた。
周囲の客は騒いで俺の近くから離れている。
警備隊はルブレがいた時は2人だったのが、今は10人くらいになって俺を取り囲んでいる。
「武器を捨て人質を解放しろ!そうすれば命だけは保証する」
俺は警備隊の言葉は無視している。
雑魚B子の指を落としたのは、俺に注目を集める為でもある。
「おい。女。警備隊にもっと助けを求めろよ。切り落としたばかりだ。痛くはないだろ?それに血を流しすぎると死ぬぞ」
「た、たすす~~けて~~」
駄目だ。恐怖で声が裏返っている。
それを見ていた警備隊の中には、雑魚B子の救出を試みる勇敢な者もいる。
俺に1人、また1人と、果敢にもこん棒で殴り掛かって来る。
俺は短剣に、氷魔法で刃の付いてない長めの剣を作った。
向かってくる者はかわして、剣で足や腕の骨を折る。
取りあえず5人の足を折ったが、残っている者は全員まだ戦意がある様だ。
時間が経つにつれ、会場のあちこちから警備隊がワラワラと集まって来る。
そろそろ武術大会も開始されようとしていたが、会場の騒ぎに気づいたのか、まだ始まる様子はない。
俺は短剣をアイテムボックスに入れ、直径2mサイズのファイアボールを出した。
すると、囲んでいた警備隊が驚愕してズルズル下がりだした。
警備隊の後ろにいた野次馬達は悲鳴を上げ、一目散に逃げだした。
俺は雑魚B子を引きずって、ゆっくり出口に繋がる通路を歩く。
出口までの道が開けたので、ファイアーボールを解除した。
解除といっても上に投げて爆発させただけだ。
そして雑魚B子はその場に置き捨て、俺は走って武術大会会場を出る。
会場を出ると既に、外の出入口は包囲されていた。
今度は警備隊と冒険者だ。
クソ~ここまで騒ぎが大きくなっているのか。
冒険者には警備隊と違って脅しは効かない。
俺を確認するなり、我先にと襲ってくる。
恐らく緊急ミッションが出されたのだろう。
相当報酬も良いはずだ。
一般人は近くに居ないところをみると、立ち入り禁止区域にしているらしい。
冒険者は7人。その後ろには警備隊が何人いるか分からないが、ざっと20人くらいだろうか。
俺は自分の周囲にウインドカッターを無数に出し、冒険者達に向けて放った。
今の俺は、通常のウインドカッターなら無限に出せると思えるぐらい魔力がある。
放っては出しを幾度も繰り返す。
殆どの冒険者は傷つき襲ってこないが、中には魔法の盾やウォール系の障壁魔法で防ぎ、飛び道具や魔法で攻撃してくる者もいる。
俺も数発攻撃を受けているが、特に致命傷はない。
俺はサンダーストームを広範囲で放った。
自分がその場から離れても少しの間なら技が出ているので、相手を遠ざけるのに便利だ。
弱い冒険者や警備隊は直撃したら死ぬかもしれない。
なるべく死人を出したくなかったので今まで手加減していたが、ここまで事がデカくなっているなら仕方ない。
それに早くルブレと合流しないと少し心配だ。
はやる気持ちを抑え、俺は東に走った。
暫く走って後方にサンダーストームを放つ。
追ってくる気配はしなかったが、探知魔法ではジリジリと俺の方に向かう動きがあったので放った。
東側に来たのは、馬のモリーを取りに来たからだ。
馬小屋に駆け寄り管理者に適当な事を言って、急遽モリーを受け渡してもらう。
そのまま東門の門番の所まで来て通り過ぎる。
門番は町での出来事はまだ知らされてない様で、問題なく通れた。
今は昼間。町に入るには検問があるが、出る時は問題がなければ検問はなく自由だ。
俺は東門から街道を東に進んだ。
もし見られていた場合、東方向に逃げたと思わせる必要がある。
暫く東方向に進んで、町が遠く見えるようになった頃、北に移動する。
ここから北に移動する為には整備されてない道を通る。
モリーに負担が掛かるので急ぎはしない。
あくまでモリーのペースに合わせたが、これでも速度は十分速い。
モリーの方向を徐々に北西に変えて移動し、北の街道に出て道なりに進む。
ルブレが俺の言う通り北に進んでいればいいが・・。
俺の不安な気持ちが分かるのか、モリーは何時もより速度が速いし迷いなく北に進んでいる。
俺がルブレに北に進むように言ったのは、
もし俺が何らかのトラブルでルブレと合流できなかった場合、1人で逃げられる様にする為だ。
北の国境を越えられるかの不安があるが、越える事が出来れば戦争している王国に入る。
警備隊や冒険者達は、追ってはこれないだろう。
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