第5話 ギスミート王国へ
酒場に入ってビールを1杯注文した。
目的は情報収集だ。
しかし、ビールを飲んだが味がしない・・・
あの美味さが味わえないとは、これにはショックを隠せなかった。
暫く落ち込んでいたが、気を取り直して、周りの様子を伺ってみる。
気になっているのは、俺が魔物になったことがどの程度広まっているかだ。
ギルドは各町に必ず1つはある。
ギルド職員は、魔道具で本部や支部の情報をある程度共有できる。
俺は魔人になったが、人間を殺した訳では無い。
殺したとしても、町を崩壊させたとかそういった類ではない。
なのでもし手配書が出ても、その王国の支部の問題で済ませられるはず。
それと、エプレの町で依頼を受注したままだ。
もう失敗の扱いになっているので、信用もガタ落ちになっているだろう。
ギルドに行って情報を集めても大丈夫だと思うが、少しでも怪しまれたくない。
隣のテーブルの奴から店にいる情報屋を紹介してもらい、最近起きたリスタニア王国内の出来事を聞いた。
「エプレ町でヴァンパイアが出たらしい」
色々ある情報の中で、俺の事がようやく話に出た。
語ってはくれたが、情報がヴァンパイアになっている。
ヴァンパイアはAとかSランクの魔物扱いだ。
俺はBランクで、基本ソロで活動している。
そんなランクの高い魔物など普段興味がないので、詳しいランクや知識などは知らない。
そうなると手配書なども気になるので聞いてみると、手配書はAランク正体不明の人型の魔物との事だった。
要はこの情報屋が大袈裟に、ヴァンパイアと言っているだけだった。
それでもAランク扱いか・・報奨金目当てで冒険者がエプレの町に集まることは間違いないな~
とりあえず、情報屋の話に俺の名前は出てこなかった。
俺はビール代と、情報屋に金を払い、宿屋に戻った。
宿屋の部屋に鏡があるので、仮面を取ってもう一度、自分の姿を確認する。
見た目は若くなった。10代後半~20代前半といったところだろう。
顔は整った顔立ちで、以前の顔とは異なる。
男か女か分からないくらいである。たぶん男だろう。
ただ瞳の色が赤く、白目の部分は黄金色。赤い瞳の人間なんていない。
髪はグレーっぽい白髪で、身長が少し縮んでいる。
体格や肌の色は前とさほど変わらず、細く貧弱そうである。
よくこんなんでモラドは俺だと分かったな。不思議なくらいだ。
そこら辺の魔物に比べれば全然マシだが、やはり人間には見えないだろうな~
牙はないがヴァンパイアに近いかもな・・・
翌朝、宿屋を出て乗合馬車の処へ行った。
国境付近の町や、ギスミート王国まで行く馬車を探す。
ギスミート王国の国境まで、まだ町が3つもある。
睡眠も必要ないし、走っても余り疲れないので、馬車で行くより走った方が早い気もするが、ギスミート王国には一度しか行ったことがない。
迷子の不安も少なからずある。馬車だと国境もスムーズに通れると聞く。
少し歩き回り、ギスミート王国にある町まで行く馬車を見つけた。
商人の馬車だ。定員は2人までで、馬車の中半分は商品で埋まっているらしい。
しかも乗せるのは、Cクラス以上冒険者のみときた。
危ないときは助ける条件で、無料で乗せてくれる。食事や宿代も無料。
本当なら護衛として稼げるので良い話ではないが、今の俺にはありがたい。
俺は冒険者カードを見せて、商人の条件で納得した。
商人の所には何人かが交渉に来たが、結局乗るのは俺1人で、荷物を積み終わると出発した。
隣町まで街道で行くはずだ。街道は整備されている。
商人用の馬車なので、乗り心地は悪く揺れはするが、思ったより酷くない。
それに商品が馬車の半分を占領しているが、存外広く感じる。
「俺はブランソン。お前さんは何と呼べばいい?事情があるだろうが、お互い名ぐらい知っておいた方がいいだろう」
「ネクトだ。大した事情はないよ。よろしくな」
「おう、ネクトよろしくー!早速だが、道中俺が寝るときは見張りをやってもらう事になる。今の内に寝とけよ」
ブランソンの年齢は35~40歳といったとこか。
少しふっくらとした、気の良いおっちゃんって感じだ。
俺は返事をして、寝ているふりをして過ごす。
そういや~魔人になって初めの内は気がつかなかったが、日を増すごとに確実に魔力量が増えている実感がする。
探知魔法は範囲が広くなり、アイテムボックスも収納スペースが増えている。
攻撃魔法は試していないので、なるべく早く試したいと思っている。
暫くして飯時になった。
道外れのスペースに馬車を止めて、馬も食事や体を休める。
条件は食事付なので俺も頂く。
味はしないし、正直なところ、何食べても飲んでも不味いが、怪しまれたくないので残さず頂く。
ブランソンが寝る時は、俺が周囲の警戒をする。
「ネクトのアイテムボックスはどれくらい容量入るんだ?ありゃ~いいよな~ズルいと思わないか?あれは本来なら俺みたいな商人が使う為に存在しないとな~羨ましい限りだぜ。ワハハハ」
「大した量入らないさ。ハハハ。そういや~出発する前、俺と同じ冒険者が来てたが、あれはダメだったのか?」
「ああ、見てたのか。ありゃ~冒険者カードも無かったしな~Dランクの奴も来てそれでも良かったんだが、条件が合わなかったから断ったぜ。ワハハハ」
ブランソンだが、冒険者カードを見せる時に、一度だけしか俺のアイテムボッスを見ていない。
冗談っぽく言っていたが、冒険者としての俺の力量を計るのと、アイテムボックスを使わしてもらおうって魂胆がバレバレなんだよな~案外抜け目ないと思った。
まぁ~気持ちは分かるが、俺の体型は見るからに貧弱で、声も人間の時と変わっていない。
おっさんだったのに、子供っぽい声のせいでよく馬鹿にされていた。
普通に考えて、明らかに弱そうに見えるのだ。
冒険者カードが無かったら、ブランソンは俺を馬車に乗せなかっただろう。
特に何のトラブルもなく、そうした日程を繰り返し、5日かけて1つ目の町に着いた。
町に入る時は問題なく入れた。
そして更に日にちが経ち、前の町同様に何も問題なく、2つ目の町に着いた。
ボロい宿屋に1泊し出発する。
しかし、今回は荷台の商品が増えたのだ。
商品が増えたことで、俺の場所が狭くなったのと馬の速度が遅くなった。
俺は少しイラっとしたが、まあ仕方ないと割り切って過ごした。
ある時、広めの空き地に馬車を止めて夕食の支度をしていたら、草むらからレッドボアが出てきた。
草むらにはまだ、レッドボアが隠れている。
俺の探知魔法の反応は全部で5体。
レッドボアはEランクの猪だが、これも魔物だ。
ランク的には弱いが力は強いので、油断してはいけない。
「アイスアロー」
一発で1体仕留めた俺が驚いた。
普通に放ったつもりだが、氷の矢の見た目も少し大きくなっているし、威力が格段に上がっている。
俺は魔力の調整をしながらアイスアローを連発して、5体のレッドボアをあっけなく倒した。
倒したレッドボアは、全てアイテムボックスに入れた。
これを見ていたブランソンだが、急に態度が変わった。
「さすがはBランクの冒険者。俺の目に狂いはなかった。ネクトさんいやネクトの旦那。どっち?男だよな?戦闘も大したもんだが、そんな量入るアイテムボックス初めて見たぜ~」
とまぁ言葉もそうだが、何かと気を使ってくる。
飯の量も多くなった。
俺はこれ以上飯は増やして欲しくないので、飯は今まで通りにしてくれと頼んだ。
ちなみに今更と思ったが、男だと伝えといた。
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