第59話 満月の夜に。その1

「美羽……元気かなぁ」

「さぁな」

「きっと、元気でいてくれるさ」


「はぁ……」

「随分と大きい溜め息だな」

「あぁ、俺達が溜め息で吹き飛ばされるかもな」

「クロノ……大丈夫?」


美羽と別れ、国に帰ってからもう1年が経った。

そう、あれからもう……1年も経ってしまったのだ。

父上に「国を出たい」と何度懇願してもダメだとしか言われず。

兄上に助言を求めても、父上の決定だから無理だと言われてしまう。

何も出来ない無力の俺が、この国にいる意味はあるのだろうか……。


「大丈夫じゃない。このままでは気が変になりそうだ」


「王は未だに許してくれないのか?」

「あぁ」


無理矢理追い出されてしまった事は、父上が責任を感じていると言っていた。

だから、城でおとなしくしていた。

俺がこんな有り様でも父上は追い出す事をせず、いつまでも子供扱い。

あれもこれもダメだと言っていたら、俺だって爆発寸前だよ。


「それならさ、知られないように黙って国を出ちゃえば?」

「それは無理だろ。異界への門が閉じられている」

「はぁ……」


こんな事になるなら、国に戻ってくるんじゃなかった。

猫の姿のままでいいから、人間界に帰りたいんだ。


「美羽~、会いたいよぉ」


そんな俺の心の叫びや、カイルの声は、遥か遠くの異界へは届かない。

俺はこの胸の痛みを抱えながら、このままこの世界で朽ちてしまうのか……。



「雪野、具合はどう?」


「まだちょっと本調子ではないですけれど、大丈夫です」

「そう?無理はしないで」

「はい、ありがとうございます」


私が入院している病院に、斉木さんがお見舞いに来てくれた。

キャットが私の家や職場に連絡してくれたらしい。

病室に駆け付けた家族や職場の人に挨拶もしてくれた。

私が誤って薬を多量に飲んでしまい、具合が悪くなり、救急で運び込まれたと嘘までついてくれた。

そして……私を家族に託した後、キャットは国へ帰ってしまった。


「美羽、担当の先生に聞いたけれど本当に大丈夫なの?薬を間違えて飲んでしまうなんて、疲れているんじゃない?」


キャットから連絡を受けて駆け付けてくれた母。

信じられない話だからと先生に確認しに行き、病室へ戻ってきたところ。


「うん、疲れていたのかも。でも、あと何日か様子見て大丈夫だったら退院していいって。それより……お母さん、職場の先輩の斉木さんがお見舞いに来てくれたの」

「まぁ、お忙しいのにわざわざ来てくださってありがとうございます。うちの娘はこの通りですし、ご迷惑は掛けていませんか?」


「迷惑なんてかかっていませんので、ご安心ください。いつも私や同僚が助けられていますから」

「そうなんですか、それなら安心しました」


斉木さんは、母が心配しないようにかなり社交辞令的な事を言ってくれた。

いつも私がお世話になりっぱなしなのに、斉木さんに余計な気まで使わせてしまった……。



「雪野、それじゃ次は会社でね」

「はい」


「美羽、斉木さんを下まで送ってくるわね」

「うん、お母さんありがとう」


斉木さんと母は病室を出ていった。

さっきまでの騒がしさが無くなり、ドア越しでも病院の音がよく聞こえる。

カラカラからと何かを運ぶ音、誰かが歩く音。

個室にいるからか、他の音がとても気になってしまう。

もしかしたら、私が待っている誰かが来てくれるんじゃないかって、期待しているからかもしれない……。



ガラガラ……。


「お父さん……」


「……美羽、大丈夫か?お母さんは?」

「会社の人を下まで送りに行ったよ」


「そうか……」

「うん……」


静かに病室へ入ってきたお父さんは、私に何か質問したいという雰囲気を醸し出している。

それが何か互いに察してしまっているから、会話を続けるかどうか悩んでしまっていた。


「あら、お父さん」

「あぁ、もう戻ってきたのか」


「えぇ。それより、お父さん……話はしたの?」

「いや……まだだ」


お母さんも同じ事を聞きたくてうずうずしていたらしい。

それをお父さん任せにしてしまうのは、どうかと思うけれど……。


「美羽、さっきいた彼は……その……お前の彼氏なのか?」


「すごくイケメンだったわよね。美羽、どうなの?付き合いは長いの?」

「付き合いは……そんなに長くないし、彼氏でもないの。期待させてごめんね」


「そ、そうか……勘違いして悪かったな」

「はぁ……そうなのね。極上のイケメンだもん、彼氏になんてなってくれないわよね」


お父さんは安心したような表情をしていたけれど、お母さんはガッカリしていた。

キャットがイケメンだったから、舞い上がっちゃった分、落ち込み具合も急降下だった。

それにしても、私が美人じゃないからイケメンは寄ってこないみたいな言い方、いくら実の娘でも傷付んですけれど……。


それから数日して私は無事に退院し、仕事にも復帰した。

ただ……家に帰ると、タマが居ない事を淋しいと思ってしまう。

その事を除けば、何事もなく今まで通り暮らすことが出来た。

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