第58話 自分の帰るべき場所。その5
「もしかして、マタタビ茶?」
「えぇ、そうでわ。それもなかなか手に入らない特級品ですの」
「それを美羽に飲ませたのか?」
「えぇ。緊張していたからか、とても気分が良くなってしまって、楽しそうに笑っていましたわ」
「……おいおい、まずい展開だな」
「うん。これは大変だね……」
特級品のマタタビ茶。
俺達の国でも、なかなか手に入らない品物だ。
それを美羽に飲ませた、しかもイタズラ心で。
猫である俺だって興味本意で一口味見した程度なのに、それを猫になりたての美羽が大量に飲んだとしたら……。
「ナディア、用意していたのはどのくらいだ?」
「そんなには無かったと思いますけど。多分、あったとしてもカップ3杯程度かしら」
「それでも多くない?」
「そうだな、全部飲んだとしたら大事だ」
「あぁ……」
原因はこれに間違いない。
ナディアが席を外している時に、ポットに入っていたお茶を全部を飲んだんだ。
しかも、時間と共に濃度が増す。
少量で幻覚症状、多量になると……致死量に値するものだからな。
「急いで城に戻るぞ」
「そうだな」
「えっ、もうお帰りになるのですか?」
「ごめんね。僕達にはやることがあるから、早く帰らないといけないんだ」
まず、俺がやらなければならないこと……。
今から伝令を飛ばして、医師達を美羽の治療にあたらせる。
俺達が着いてからでは、手遅れになってしまうかもしれない。
これは時間との勝負、迷っている暇はない。
「ナディア、悪気はないとはいえ、もうこんなイタズラはするな。今度こんな事をしたら、この国から追い出してやるからな」
「えっ……あ、はい。申し訳ありませんでした……」
「ナディア、元気でね」
唖然とするナディアを放置し、俺達は城に向かって全速力で駆け出した。
勿論、真っ先に城へ向かって鳩の伝令を飛ばした。
こういう時に、人間の世界の自動車や携帯電話があったら……もっと早く対処できたのに、と考えてしまった。
ここは何処?
ハッキリは見えないけれど、私は知らない部屋に寝ていて、周りに誰もいなくて独りぼっちみたい。
さっきまでナディアさんの部屋に招かれていて、雑談をしながらお茶をご馳走になっていたんだよね。
それで、部屋の外が騒がしくなってナディアさんが様子を見に行った。
残された私は、ナディアさんが戻るまでのんびりしようと思って、出された焼きたてのクッキーを食べながら、残りのお茶を飲んだんだよね。
それで……何だかふわふわしてきて、気分も良くなって……。
そこからの記憶がない。
あぁ……体が動かないし、それに……呼吸もあまり出来なくて苦しくなってきた。
私、どうしちゃったの?
バタン!
「おい、大丈夫か?」
「……っ」
「微かに意識はあるようだが、このままでは危険だな。今から処置をするぞ」
バタバタと白い服を着た人(猫)達が部屋に駆け込んできて、私の体を調べ始めた。
更に、私の無理やり口を開かせて、何か苦いものを飲まされた。
何度か吐いたけれど、それからは……あまり記憶がない。
気が付いた時には、今度は違う部屋にいた。
「……美羽、気が付いたか?」
「キャット?」
「あぁ、そうだ俺だ。ここが何処かわかるか?」
ここ?
……さっきとは違って、見慣れた部屋だなとは思った。
ベッドが白くて仄かに消毒の匂いがしている。
「もしかして……ここ、病院?」
「うん、そうだよ。眠っている間に美羽を連れてきた」
私を?
だって、私は人間の姿に戻っていて……タマも人間の姿のキャットになっている。
私が不思議がっていると、キャットは優しく微笑んでゆっくりと立ち上がった。
「美羽、俺……もうここには居られなくなった。元いた世界に帰らなくちゃダメなんだ」
「えっ、どうして?だってタマは国を追われてこの世界に来たんでしょ?」
元の世界に帰るなんて危険だよ。
それに、追われた身で帰ってまた隠れて暮らすの?
そんなのダメだよ。
「今まではそうだったんだ。でも、その法律は父上によって変えられたんだ。後継者になれないからって、国から追い出すなんて間違っているって」
昔からの慣例や法律は、元気になった現王様によって改編され、後継者以外の王族も生まれ故郷に住むことが許される事になった。
ただし大罪を犯した者は例外で、国外追放やそれ以上の処分となる。
「そっか。タマのお父様……いえ王様は政務を行えるまで回復なさったのね。良かった」
「だけど、その父上の命令で美羽には会えなくなってしまった……」
「えっ……どうして?私、何かしちゃった?」
私は王様に会ったことがないし、あの国で失礼な態度をとった覚えもない。
それなのに、何故……。
「もう力が使えなくなるからだよ……」
「力?」
「あぁ。残りの力を使って、美羽をここまで連れてきたからさ……この姿を維持するのも大変なんだ。こんな状態だから自分の身も守れないし、異世界にいるなんて危険すぎるだろうって」
「危険って……」
確かに危険はあるけれど、それでもキャット……いえ、タマなら猫のままでも上手くやっていけると思うのに。
もしかして、私を信用していないから?
だから私がいる異世界に行くのを許可しないのかも。
「キャット、私をここに連れてくる前……何があったの?」
キャットは私がこうなった経緯を話してくれた。
原因は、あのお茶を飲みすぎた私のせい。
生死をさ迷っている私を救うため、タマ達は治療の為に奮闘してくれたらしい。
それでもあの国ではどうにもならなくて、人間の世界の医療に私を委ねるしかないと判断した。
だからタマが人間の姿になって、私をこの病院へ連れてきた。
そして私は助かった……。
「この国に足を踏み入れるのは、これで最後だ。美羽を救う為に特別に許可をもらったんだ……」
「そんな……」
ナディアのイタズラが原因で私がこうなってしまった事で、王様や王太子様が責任を感じてしまった。
その償いをする為にも、私を救えと命令を出してくれた。
それには感謝したいけれど、でも……タマや他の皆とも会えなくなるなんて……。
「それに、もう人間の姿になれない俺は……美羽を守れない」
「そんな事を言わないで。私はタマがいてくれるだけで嬉しいよ。だから、悲しいことを言わないで」
「……美羽、ありがとう」
キャットは優しく微笑むと、私を強く抱き締めた。
私は別れたくないと、泣きながらキャットを抱き締め返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます