第56話 自分の帰るべき場所。その3

「お父様、もうお止めになってください。王太子様、どうか……私との婚約を解消してくださいませ」


「ナディア!お前、一体どうしたんだ?何故、そんな事を言う!?」

「もう……良いのです。全て話を聞かせていただきました。サーラをこれ以上苦しめないで下さい」


「ナディア!?」

「王太子様、私は今までお父様の話を信じていた……いえ、唯一の肉親であるお父様が私に嘘など言う筈が無いと思いたかったのです」


ナディアは、部屋の外で黙って話を聞いていたのか、涙を流しつつ兄上に切実な願いだと訴えていた。

いつから聞かれていたのか、多分……初めからかもしれない。

ナディアは父親の嘘に薄々気付いていたが、真実から目を背けていたんだな……。



「お父様がサーラを殺めたのです」


「ナディア、何を言う!?私がそのような事をする筈がない。サーラは、このクロノに捨てられた悲しみで自害したのだ」


「いいえ。お父様は利用出来なくなったから捨てたのです。そして、クロノ王子とこの王室を憎むように仕向けた。最終的には私を王妃にして、この国を乗っ取ろうとしていましたもの。私はお父様に利用されて、ここまで来てしまった。王太子様には、数々の無礼な振る舞いをしてしまいました。謝っても償いきれないですわよね……。もうこれ以上は私を欺けません……疲れたのです」


ナディアも被害者だったのか。

父親の言いなりになっていたとはいえ、これまでの振る舞いは我儘放題で、酷いものだった。

同じように言いなりになっていた私が、どうこう言える立場ではない。

しかし、この醜い争いを終結させるには、父上の代理として過ごしていた私しかいない。

どんな結末になろうとも、悔いを残さない為に。


「嘘だ!この父を嘘に巻き込むとは、お前もサーラと同じ酷い娘だ。お前は違うと思っていたのに……」

「酷いのは、お父様です。血の繋がった娘達を愛さなかった。だから……お母様は心を痛めて早くに亡くなってしまったんだわ」


ユダル大臣は、ナディアとサーラの母親を邪険に扱っていたらしい。

それは、息子を産まなかったから。

目をつけた女性を家に連れてきては、息子を……と願っていたのだろう。

しかし、それは叶わなかった。

娘しか育たない家系なのか、息子が誕生しても早くに亡くなってしまったらしい。

気の毒と言えば気の毒だよな……。


でも、そんな特殊な家はユダル大臣のところだけではないだろう。

国中を探せば、公になっていないだけできっといた筈だ。

娘だって立派な血をわけた子供なのだ。

息子ではなくても、娘を後継者にすれば良いだけだからな。

ユダル大臣にそのような考え方があったならば、サーラは死なずに今でも幸せに暮らしていただろう……。

そうだったら、そうじゃなければ……なんて、後から言っても遅い。

サーラ、ごめん。

今からでも償うからな……。



「お話し中、お邪魔しますね。王様をお連れしました」


「!?」

「王様!?それにホワイトまで……」


王様がホワイトに体を支えられながら、ゆっくりと部屋に入ってきた。

それを見て驚いた兵達は、一斉に部屋から引き上げていった。


「お、王様……そのようなお体で部屋を出てはなりません!」

「ユダル……お前を信頼出来ない。だから、大臣の位から廃する事にした」


姉上は俺が捕らえられたと知ったら、必ず救い出してくれる。

しかし、あてにしていたのに全く現れなかった。

だから、だれか好きな奴でも出来て城を出ていったのかと思っていた。

だが、違ったんだな。

父上を連れてきてくれるなんて……。

さすが俺の姉上、ここぞという時にやっぱり活躍してくれるんだな。


「長年お側にいた私を、王様は簡単に切り捨てるのですか?それはあまりにも酷い仕打ち、許しがたい事です」

「……許しがたいだと?かつては私の友であったユダル、信頼していたのに……裏切ったのはお前だ」


ユダル大臣は、父上の友だったのか。

だから……ずっと側に。

信頼していたいたからこそ与えた地位を、父上の温情を、悪意で汚していったのか……。


「裏切ってなどいません。私は王様がご病気になってしまい、代わりに王太子様を補佐して国を守っていたのですよ?」

「補佐?いいや、お前は王太子を意のままに操り、国の民を権力によって押さえ付け、従わせていた。従わないものを、処罰し、財産没収、自分の懐に入れて財を増やしていた。違うか?」


「…………」


「それにだ……私は病気になったのではなく、何者かによって病気になってしまったのだ」

「ユダル大臣、貴方がした事ですよね?」


ユダル大臣は、父上に……いや、王様に悪事を暴かれた事で、黙ってしまった。

表に出ていなかった王様に、ここまでバレていたのは、誤算だったんだろう。

もうこれで大臣もおしまいだな。


「いいや、私ではない。私に親友だった王様に毒を盛るなど出来る筈がない!」

「……でも、他に思い当たる人物はいませんよね?ユダル大臣しかいません」


「お父様、本当ですか!?」

「違う、決して私ではない。サーラの墓前に誓ってもいい」


ユダル大臣は取り乱し、ナディアは父親の悪行を知り泣きじゃくっている。

父親のお命を狙った者は誰だろうか。

ユダル大臣が嘘を言っているようには見えなかった。

城内にまだ敵が潜んでいるということか……。

どれだけの命を奪えば気が済むのか。

王の座を血で汚すなど、あってはいけないのに。



「王様……もしかしたら、サイラス伯父様かもしれないわ」


「サイラス?私の兄上が?」


「はい。以前、クロノを狙って色々と仕掛けてきました。私や他の兄妹にもです。だから、思い当たるとしたら……その方かと」


確かに、伯父上なら有り得る。

王になれなれず、自らの子も王の座から遠ざけられた。

血統は間違いないが、先代の王である私の祖父に選ばれなかった伯父上。

敷かれたレールから外れた途端、崩れ落ち、性格が歪んでしまったと聞いた。

だからって実の弟である父上のお命を狙うという考えに至ってしまうのか……。

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