第55話 自分の帰るべき場所。その2

「サーラの最後は、どんな状態だったんだ?」


「……私が城が見渡せる丘の上で発見しました。クロノ王子が去ってしまい、悲しみのあまり胸に剣を刺し、自害していました。私が駆け付けた時には……もう」


「自害!?」

「はい。だから……サーラの死は、クロノ王子のせいなのです。サーラを置き去りにした貴方が殺したのです!」


大臣は涙を流しつつ、その時の状況を事細かに話した。

その涙で皆までもが涙した。

しかし、俺は泣けなかった。

周囲の者がその話を信じても、俺はどうしても信じられなかったから……。



「大臣、自分の娘の将来の夢を知っていたか?」


「夢ですか?いいえ、知りません。そんなもの必要ありません。私の娘達の将来は、生まれた瞬間から決まっていましたし」

「将来は、決まっていた……か」


「えぇ、長女のナディアは王太子妃に。次女のサーラは良家の次男と結婚させ、我が家を継がせる事です。私には息子がいませんし、娘は他に利用価値が無いですから」


利用価値……か。

まるで道具のような言い方だな。

娘の気持ちは無視しているなんて、自分の子供に愛情を抱いていないのか?

父親を選べないが、これでは亡くなったサーラが可哀想だ。


「大臣、サーラは俺と共に行きたいと告げていたのか?」

「勿論です。クロノ王子とは幼い頃から仲が良く、将来を約束した仲でしたよね?」


「あぁ、確かに幼い頃に約束はした。だが、俺もサーラも成長する。互いの気持ちは変わったんだ。大臣もそれに気が付いていたら、サーラは……もしかしたら、ここに居たかもしれない」

「それは一体……どういう意味でしょうか?まさか、自分はサーラを殺してはいないという事を証明したいが為の作り話ですか?」


大臣は、俺の話を信じたくないらしい。

確かに、この話が真実だという証拠するものがない。

でも俺達を良く知っていた者ならば、この話は信じてもらえる筈だ。

証明してくれる者が、城内にいてくれるといいが……。


「……ユダル大臣、もうそれくらいにしてはどうだ?」


「ダラス殿、王太子の部屋に無断で侵入するなど、無礼ですよ?」

「無礼なのは、僕達じゃないと思うけど?」


「カイル殿、このような輩と一緒にいると無礼なのがうつりますよ?」

「俺達をバイ菌扱いかよ。それこそ無礼だろ」


「ラツィオ殿、貴方のような下級貴族が来て良い場所ではありませんよ?」


アイツ等がタイミング良く現れてくれたが、大臣が全く態度を改めない。

それどころか、位が下の者だからと扱いが酷すぎる。

きっと権力を手にしてから、ますます酷くなったんだろう。

こんな大臣の下で働く城の者達が、気の毒に思える……。


「大臣、俺の友人達にそのような対応をする方が無礼だろ」

「これはこれは失礼致しました。クロノ様がかつては王子だったということを忘れていました」


「っ!お前……」


先程まで俺の事を王子と呼んでいたのに、急に掌を返すように扱いを変えてきた。

腹の中が……いや頭から爪先まで真っ黒すぎて話すのも嫌になってくるな。


「あぁ、そうそう、忘れていました。あれを御覧ください」


「美羽!?」


「あの者をどうして欲しいですか?」


「美羽!どうしたんだ!?」

「美羽に何をした!?」


「美羽、しっかりしろ!大臣……お前を許さない!」


捕らえられた美羽は、何をされたのかぐったりとしていて意識が無く、俺達が呼び掛けても返事が無い。

こっちの事を優先にしていて、美羽の身の安全を確認していなかった。

ナディアの所にいたのに、まさか大臣に捕らえられてしまっていたなんて……。



「クロノ様、さてどうします?」


俺達が好き勝手しないように、美羽を人(猫)質にとるなんて、どこまでも悪党だ。

あと少しで大臣を負かせると思って油断した途端、隙をつかれてしまった……。

これじゃ兄上が逆らえなかったのも、仕方ない気がしてきた。

未だに美羽の意識は戻らないままだし、俺達の周りを兵が遮って動きもとれない。

四面楚歌とはこの事か……と、変な納得を一人でしてしまったが、そんな場合ではない。

不適な笑みを浮かべている大臣をどうにかしないと、全員大臣の意のままになってしまうぞ。



「義父上、いい加減にしてください。クロノ達は私の客として来ただけです。ですから、もうお引き取り下さい。そして、この兵達は持ち場へお戻し下さい」


「王太子様、騙されてはいけません。その者達は、罪深い犯罪者と共犯者です。それを見逃すと言うのですか?」


兄上は、とうとう我慢できずに義父であるユダル大臣に声を荒らげた。

だが、ユダル大臣は兄上相手でも一歩も引かなかった。

むしろ威圧的な態度がより増し、周囲の者は口出し無用と言わんばかりのオーラを放っていた。


「見逃す?いいえ、私はクロノを信じます。もしサーラが悲しみのあまり自害したとしても、それはクロノのせいではありません」

「もし……ではありません。事実です。私の目の前でサーラは涙を流し、私の腕の中で息絶えました」


「……!?」

「……大臣、今、サーラは腕の中で息絶えたと言いましたか」


「はい。あの悲しい瞳を忘れることは出来ません。悲しみの涙を流し、息絶えました」


兄上も気が付いたらしい。

大臣がミスを犯したことを。

だが、言った大臣本人は全く気が付かず、サーラが亡くなった状況をゆっくりと話していた。


「それならば、サーラの最後の言葉を聞けたのか?」

「はい。クロノ王子を恨みます……と」


「嘘だ!そんな筈は無い。サーラは……」


「クロノ、お前は少し黙っていてくれ」

「はい……兄上」


大臣の嘘が許せず怒鳴ってしまい、兄上に発言を止められてしまった。

兄上が怒りで毛が逆立っている。

俺も怒りでどうにかなりそうだったが、言い付け通り黙っていた。

だが、俺は見逃さなかった……大臣がニヤリと笑った姿を。

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