第52話 聖なる王。その3
「クロノ、これからどうする?」
「兄上に会いに行く」
タマはそう言うと、王太子様がいるらしき方向へと歩き始めた。
私はどうすればいいか悩んだが、黙って後について一緒に行くことにした。
「俺達は別行動するからな」
「気を付けてね~」
「美羽、クロノを頼む」
ダラスさん、ラツィオさん、カイルさんは私達にそう告げると、反対方向へ行ってしまった。
危険な場所に二人(匹)きりで行くなんて、とても不安だ。
だけど、これはこの国に来たら避けられない事……だしね。
「タマ、大丈夫?」
「……ん?あぁ、大丈夫だ。それより、美羽は俺と来ても平気だったのか?」
「う、うん。タマもいるし平気だよ」
「無理するなって」
「む、無理してないよ」
「……そりゃそうだよな、初めての世界でこんな状況だしな」
アイツ等と一緒に行かせた方が良かった気がするが、美羽と離れたくなくて黙って来させてしまった。
牢に入れられた上、兄上の所に行くんだもんな……俺だって緊張しているのに、美羽はそれ以上だよな。
「だから無理はしていないから」
「はいはい、強がりは良くないよ」
「強がっていないのに……」
「まったく、美羽はこの姿でも可愛いな」
「ちょ、ちょっと何するのよ」
人間の姿でも可愛らしいのに、俺と同じ猫の姿になっているから、余計に愛らしいのが倍増している。
こんな場所じゃなかったら、今すぐにでも美羽と……。
「……牢にいる筈の者が、何故ここに!?」
しまった、見付かったか。
美羽を逃がしたいが、逃げ場がない。
あと少しで兄上の所に着いたのに……。
「クロノ王子、後ろに隠した者は誰です?」
「貴女には関係ない者です」
「あぁ、確か……一緒に捕らえた者の中に、女がいましたね。どんな女です?」
兄上の婚約者……ナディア。
こんな時間に外を彷徨いていたなんて、全くついてない。
「知ってどうするのです?ただの平民の娘ですよ」
「関係ないかどうかは、見ないと分かりません。それに、クロノ王子が隠している女だから興味があるのですよ。さぁ、私が大声を出して兵を呼ぶ前に、その者を差し出しなさい」
闇夜に紛れて美羽を走って逃がせるか……。
いや、こんなに近距離じゃこの体に順応していない美羽には無理だ。
でも、この女には美羽を差し出せないだろ。
「美羽、絶対に動くなよ。俺が何とかする」
「……タマ、私は大丈夫だから。だからお願い、あの人の所に行かせて。あなたは目的を果たさなくちゃ」
「ダメだ、危険すぎる」
俺が行かせたくないんだ。
美羽はそんな俺の気持ちを知っていても、考えを変えてくれない。
こんなに怖い思いをしているのに、泣き顔を見せるどころか、笑顔で話しているなんて。
美羽、お前って奴は……どれだけ俺を夢中にさせる気なんだよ。
「平気だよ。だって、後で助けに来てくれるでしょ?」
「……美羽」
「いつまでこそこそと話しているの?早く出てきなさい」
「じゃ、行くね」
「美羽!」
美羽は俺が止めるのも聞かずに、一歩一歩と歩みを進め、ナディアの方へと向かっていった。
大丈夫、大丈夫……と、自分に言い聞かせるように。
そしてナディアの目の前に止まると、美羽は何か話し掛けていた。
俺はその隙に、その場を去った。
愛する人を置き去りにしてしまった。
本当に、最低な男だ……。
「はじめまして、私は……」
「貴女……サーラ!?」
「サーラ?それ、誰ですか?」
「そ、そうよね、失礼したわ。今言ったことは気にしないで」
「はい」
サーラが生き返ったかと思った。
クロノ王子の女に興味があったから、近くで見ようと呼び寄せたけれど、まさか……サーラに似た女だったなんて。
でも、滑稽よね。
自分が殺した女と瓜二つの女にまた惚れるなんて。
それだけあの娘が忘れられないのかしら。
「さて、あなたをどうしようかしら。クロノ王子は憎い敵だけど、あなたに恨みは無いし。それに、あなたは見た感じ……そうね、王族ではないようだわ」
あの子みたいに気品は感じられないし、似ている点以外は……ごく普通の女に見えるわね。
「はい、その通りです。私はそういう位を持っていません。ごく普通の民です」
「やっぱり。でも、クロノ王子達と一緒にいるなんて、不思議」
何処で知り合ったのかしら。
この国にいたら私が気が付くだろうし。
もしかしたら、クロノ王子が暮らしている異世界から来たのかもしれないわね。
「私も不思議です。まさかこの国の方と知り合うなんて思っていませんでした」
「あなた……気に入ったわ。私と一緒に来なさい」
「えっ、あ、はい……」
「こっちよ。ここは私の部屋なの。入りなさい」
「はい……ありがとうございます」
あの子に似ている点が気になっていたけれど、何故か不思議な魅力があるみたい。
初対面だし、クロノ王子が大切にしている女だから警戒していたけれど、穏やかに話をするなんて何年ぶりかしら……。
もっと話してみたくて私の部屋へ誘ったけれど、この女を見たら、王太子様はどう思うでしょうね。
「ここに座って。今、お茶を持ってくるから」
「ありがとうございます」
タマが冷たい対応をしていたから、性格が悪い人なのかと思っていたけれど、全くそんな事はないみたい。
でも、この人(猫)……一体誰だろう?
タマとは顔見知りだったよね。
うーん……考えても分からないや。
城内に部屋があるし、きっとこの城の関係者なんだろうけど……。
タマに聞いておけば良かったな……。
……美羽は無事だろうか。
言われるがまま行動してしまったが、やはり置いてくるべきではなかった。
兄上の所に行かなくてはならないのに、美羽の安否が気になって動けずにいる。
このまま兄上の部屋に行くべきか、それともナディアの部屋に行くべきか。
「…………」
答えは出ているのに、行動できない。
美羽が俺の為を思ってしてくれた。
そうだ……美羽の思いに応えなくては。
だから、兄上の所に行くべきだ。
自分にそう言い聞かせ、地面から離れなかった足を一歩一歩と前へ動かし始めた。
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