第46話 猫の王国へ。その2

「こちらへどうぞ」


ナキ様が隣の部屋への戸を開けると、またもや日本を感じさせられるものがあった。

それは、寒い冬には欠かせないもの。


「わぁ、こたつだ」

「こたつ?」


「うん。一度入るとなかなか出られなくなる場所だよ」


カイルさんは、私の説明を聞いて頭の中に『?』が出てしまったみたい。

ナキ様はその通りですねとクスリと笑い、お茶をお持ちしますと奥様と共に部屋を出ていった。


「美羽、疲れただろ?楽にしたらいいよ」

「うん、ありがとう」


ここに来てからずっと四足歩行で疲れた。

あちこち体が筋肉痛になっている。

けれど、気がついた事が1つ。

私以外の人(猫)達は、家の中では二足歩行になっているということ。

長時間や長距離の場合は四足歩行みたいだけど、基本は私達人間みたいに二足歩行なのだ。

慣れない私にはバランスを取るのが難しい。

でも、慣れている皆は普通の事みたい。

そういえば、タマも家の中で当たり前のように二足歩行していたような気がする。

猫の姿になってみると、それが凄いことだったと知った。


「お待たせ致しました」

「ありがとう」


こたつのテーブルに、ナキ様が人数分のコーヒーカップを置いた。

そのカップに、温めたミルクが注がれた。

お茶……ではなく、ホットミルク。

皆がそれを飲む光景が、また可愛らしい。

口に白いミルクが付いていたり、温めにしてくれたけれど、まだ熱かったのか、ビクッとなっているのとか。

すごく癒されるなぁ~。


「……美羽、何笑ってるんだよ」

「べ、別に何でもないよ」


タマは私が皆を見て微笑んでいたのに気付き、小さな手で私の口を触ってきた。


「にゃっ!?」

「口にミルク付いてたぞ」


「あ、ありがとう……」

「美羽、顔が真っ赤だ。可愛い~」


「カイルも付いてるぞ」

「そう?じゃ、ダラス、僕の口元拭いて~」


「自分でやれ」


私にもミルクが付いていたなんて……恥ずかしすぎる。

ビックリして変な声まで出しちゃったし。

さりげないタマの行動で赤面したのではないと心の中で否定しつつ、残りのミルクを飲み干したのでした。


「クロノ様、こちらに来て早々申し訳ありませんが……」

「どうした?」


先程まで穏やかな表情をして俺達を見ていたナキだったが、急に険しい表情になり、小声で話し掛けてきた。

ただ事では無い様子にいち早く気付いたラツィオは、俺達に視線で合図し、静かに立ち上がると、ナキに質問した。


「ここに裏口は?」

「こちらです」


その返事を聞き、皆が一斉に動いた。

俺は美羽の手を掴み、そのあとに続く。


「どうかご無事で」

「ありがとう。世話になった」


ナキ夫婦に静かに見送られ、追っ手から逃れる為に、俺達は再び森の中へと姿を隠した。


「せっかく落ち着ける場所に行ったと思ったのに……」

「嗅ぎ付けるの早すぎだよ」


「ここなら大丈夫だろ」

「あぁ、そうだな」


私達は森の奥深く、ガサガサとひたすら進むと深い草むらを更に進むと転がっていた『みかんの段ボール』の中にいる。

外から見たら風や雨は吹き込むし、いくら猫でも全員は入れないし、こんなところに隠れたら絶対に見付かるという物件。

しかし中に入ると、とても広く、家具も暖房もちゃんと揃っているとても快適な場所だった。

外見は、魔法でカモフラージュされている特殊な箱だった。

まさか、段ボールの箱の中にはいないだろうという発想らしい。


「ちょっと聞いても良い?」

「何?」


「ここに来た理由と、これから何処に行くのか知りたいの」


知っているのは、ここで何かが起こっているという事だけ。

危険だと言われても、ついてきたかった。

だから何処に行くのか、誰から逃れようとしているのか、それを知る必要がある。

ここに来て数時間、そろそろ教えてくれても良いのでは?と思い、訊ねてみた。


「……美羽、理由を知ったら逃げたくなるよ」

「ここに来たことを後悔するかもな」


「今からでも引き返すか?」

「ううん、それはしない。覚悟を決めて来たのは私だし。ただ理由を知りたいの」


「そうだな……クロノどうする?」


知らなければ、その心構えすら出来ない。

どんなに驚く内容でも、教えて欲しいと4人(匹)にお願いした。



「じゃあ、美羽に質問ね」

「うん」


「ローズはクロノの何だったでしょう?」


……ローズ?

えっと……私の前に来たとき、婚約者だって名乗っていたよね。

でも、タマはもう違うって言っていたから……。


「元婚約者」

「当たり」


カイルさんが良く知ってたねって言ってくれた。

だってローズの登場は衝撃的だったし、忘れられないよね。

でもタマは気持ちは知らないけれど、ローズはまだタマのこと好きだと思う。

だって世界を飛び越えてまでタマに会いに来たんだもの。


「じゃ、次の質問ね」

「はい」


「今のクロノの婚約者は誰でしょう?」

「えっ、今の!?」

「うん」


タマの婚約者……ローズとの仲が解消されたから、居ないものだと勝手に思ってた。

そっか、そうだよね。

元王子だもん、そういう人がいてもおかしくないんだね。

何だか今更だけど、急にタマが凄い人(猫)に見えてきたかも……。



「もしかして、婚約者ってこの国の人なの?例えば、国の偉い人の娘とか……」

「まぁ、近いかな」


「そうなんだ……」


やっぱり位が高い人の側には、そういう身分の女性なんだよね。

予想通りに当たってしまって、何だか拍子抜けしてしまった。

カイルさんは凄いね~なんて感心しているけれど、タマは気まずそうにしているし。


「だけど、それはクロノが王子だったら……という条件付きだけどね」

「えっ?」


それはどういう事?

もしかして、国を出て王子の身分が無くなったから、婚約は解消したっていう意味なのかな……。

それじゃ、何故この話を持ち出したのだろう?


「ここからが大事なんだけど」

「うん」


「王子でも確実に次期王になるという、将来が約束されているって事が条件の中でも重要なんだよね」


次の王になる?

それじゃ、タマは無理じゃない。

だって国から追い出されてしまった王子なんだから。

それじゃ、正確に言うと今のタマには婚約者が居ないって事になるのかな。


「美羽、安心した?」

「安心したって……何故?それって悲しいことじゃない」


王子じゃないからって、婚約破棄にしてしまうって酷い事だよ。

タマがどれだけ傷付いたか、想像しただけでも胸が痛くなるよ……。


「安心出来ないだろ。その件でクロノの兄である現王太子様の所に行こうとしているんだから」

「えっ?」


「そうだった。だから、俺達がクロノを連れてくる必要があったんだ」


タマのお兄様に?

話があちこち行きすぎて内容が纏まらないんだけど、そのお兄様に会う為にこの国に来たって事なのかな……?

でも、タマの婚約の件とどう繋がるのだろう?

国の大事な跡取りの王太子様なんだから護衛だっているだろうし、近付くのは簡単な事じゃないでしょ。

それでも国を追われたタマが、会いに来なくてはいけない理由って何だろう……?

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