第47話 王太子の選択。その1

今朝は何やら騒がしい。

場内の者が慌ただしく動いている。

朝は私の唯一の楽しみなのに、それを邪魔されると気分が不愉快になる。

……私の部屋に足音が近付く。

どうでも良い内容の場合は、即刻打ち首にしてやるからな。


「王太子様、ご報告があります」


「手短に話せ」

「国外追放となったクロノ様が、この国に現れたという事です」


クロノが?

国に戻ったら処罰されるのに、何故戻った?


「まだ捕らえていないのか?」

「申し訳ありません。ですが、捕らえられるのも時間の問題かと思われます」


「わかった」

「では、失礼致します」


クロノが戻ったのか。

兄弟の中でもズル賢い奴だったが、容易く国に入るとは。

我が国の警備隊は、一体何をしていたのか。

私の即位以来、国が落ち着いたから腕が鈍っているのだろうか。

いや、私を脅威に感じている民が多いから、今回の事態を予測できず油断でもしたのだろう。

全く、仕方がない奴等だ。

もしクロノが捕らえられた時は、直々に挨拶でもしてやろうか。

可愛い弟だからと情をかけて逃がしてやったのに、その恩を忘れて戻るような仕打ちをする奴だったとはな。

勿論、私を裏切ったクロノには容赦しない。

覚悟の上で、私の前に現れるが良い。


「このまま城内へ行って、王太子様は会ってくれるのかなぁ?」


「さぁ、どうだろうな」

「王太子様次第じゃないか?」


「……兄さんは、間違いなく俺を追い返すだろうな」


隠れ家で今後の相談をしていた私達。

私は目的である王太子様の話を聞き出そうとしていたのだけれど、話は思わぬ方向へ。

血の繋がった兄弟で、久しぶりに会うのに、追い返すって……。


「何故?」

「仲が悪いからだよ。というか、かなり嫌われているからな」


「それでも、クロノは王太子様を尊敬しているんだ」

「そうなの?」


「クロノが可哀想だよね」

「王族だから、色々あるんだよ」


王族だから?

まぁ、私の家族でも問題は何かしらはあるけれど、王族だから渡しとは比べられない凄いレベルの問題があるとか……?

もっと王太子様について話をしたかったのに、タマは私が聞いても言葉を濁したり苦笑するだけで、詳しい話をしてくれなくなってしまった。


「王太子様、どうなされましたの?」

「あぁ、婚約者殿……」


私の婚約者で、まもなく王太子妃となるナディア。

即位すると決まった時、多くの候補者から選ばれた1人だ。

勿論、私が決めた相手ではない。

王子の時代は自由な恋愛が許されたが、王太子になる者は身元が確かな者でないと妃になれない。

何故なら、未来のこの国の母なる王妃となる者だから。

だが……私は気に入らない。

この女も、未来の義父になる男も。


あれはまだ私達が自由に楽しく王子として暮らしていた頃……。


「お兄様、クロノはお兄様が大好きです」

「あぁ、私もだよ」


年の離れた弟のクロノ。

私と同じ黒い毛並みで、とても明るく元気だった。

その側には、クロノの幼なじみで茶色の美しい毛並みのサーラがいた。


「サーラも、お兄様と呼んでも良いですか?」

「あぁ、構わないよ」


「ありがとうございます、嬉しいです」


サーラは優しく、とても可愛らしく、見ていて癒される子だった。

そのサーラが成長するにつれ、美しい女性に育っていき、クロノと恋をするのも見てきた。

二人はとても仲が良く、将来は結ばれる運命だと誰もがそう思っていた。


そしてそれから数年後、私が王太子になると父から国民に向けて発表された。

そして国の掟により、私以外の王子は身分を剥奪され、城から出されることになってしまう。

これは、王太子を守るための掟。

後継者争いによって、国に混乱をもたらさないように出来た掟らしい。

それに不満を持っていても誰も逆らうことが出来ず、従うしかなかった。


「お兄様……サーラは、クロノ王子と一緒に居ても良いのですよね?そうおっしゃって下さいましたよね?」

「……サーラ、それはダメなんだ。私もそうさせたいのだが、国の決まりは絶対なんだ」


「そんな……」


クロノは国を出て、異世界へ行くという。

そのクロノにサーラはついていきたいと、私に願い出たのだ。


「異世界へ行けるのは、国を追われた者だけなんだよ」

「それなら、私もそうしてください」


「ダメだ。そんな事をしたら、サーラの父上の大臣が黙ってはいないだろ」

「でも……そうでもしなければ、クロノ王子と一生会えなくなってしまいます」


サーラの願いは、とても切実だった。

この時の私に力があれば、誰にも知られずにクロノと共に行かせていただろう。

だが、私には無理だった。

少しの過ちが、王太子という座を揺るがす事になると知っていたから。

サーラより、自分を守ることで精一杯だったんだ。


サーラは泣いていた。

私にはどうすることも出来なかった。

そして、クロノは国を出ていった。

サーラを殺して……。

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