第40話 一難去って、また一難!?その1

「はぁ……疲れた」

「俺も」


アパートに帰るなり、バタンとソファに倒れ込んだ俺達。

人間の姿のままだから、ぶつかりそうになってしまった。

念の為ボディーガードをしてあげるとか、訳のわからない理由を言って誤魔化したけれど、美羽と同じ人間の姿で家に帰りたかった。



「……ちょっと、美羽、この男は誰!?」


さっきは誰も家の中に居なかったのに、ベランダの方から声がした。


「ん……?」

「お、お母さん!」


「は?」


お母さん……?



「な、なんで家の中にいるの!?」


「……なんでって?大家さんに頼んで入れてもらったからでしょ」

「いや、そうじゃなくて……」


「美羽、携帯見てみなさい」

「…………あ」


美羽の携帯を後ろから覗くと、『お母さん』という名の着信がずらーっと並んでいた。


「連絡入れたのに全く返答が無いから、私が家族の代表で心配で来たのよ」


あぁ……そうか。

あの世界には携帯の電波なんてめったに届かない。

少しはこの世界と通じる場所があるから、そこにいれば大丈夫だったんだろうが。

魔女の家に電波があったとしても、美羽は大変な状態になっていたからな……無理だろ。



「ごめんなさい……ちょっと色々あって」

「色々って?」


「色々は色々で……」


美羽は母親に説明できず、誤魔化そうと頑張っている。

まぁ、あれは言っても理解できないだろうな。

魔女に誘拐されて、俺達と違う世界にいたからそれどころじゃなかったなんて……。


「まぁ、良いわ。ところで、ここにいる男性は誰なの?」

「……えっと」


「まさか、酔った勢いで連れ込んだとか言わないわよね?」

「違うよ!そんなことしないもん」


あぁ、俺に矛先が向いてしまった。

どう説明すれば良いだろうか。

まさか、俺は猫だなんて言えないしな……。



「それじゃ、どういう事か説明しなさい」

「それは……」


美羽が説明に困り、俺の方チラリと見た。

助けて欲しいって合図なんだろうな……。

はぁ……、まさか帰ってきて早々こんな事態になるとは思っていなかったし。

本当の事を言うと、美羽の母親は混乱するだろうし。

それ以前に、『そんな事があるわけ無いじゃない、私を馬鹿にしているの?』とか怒られそうだしな。

俺も答えに困り美羽を見るが、お互い何も浮かばず状態。

美羽の母親は俺達が黙っているのを見て、大きなため息を吐いた。

これは長引きそうだ……。



「美羽……説明できないなら、一人暮らしなんてさせられないからね。すぐにでも家に帰ってきなさい」

「えっ、それは困る……」


美羽が実家に帰るなんて、俺も困る……。

住む場所もない俺が、この世界に来て美羽と出会えて一緒に暮らせたのだから。

しかも、俺のせいで魔女に誘拐されてしまった美羽を助けたことろなのに、離れ離れになるなんて嫌だ。


「あの……俺が説明します」


「あなたが?」

「はい」


俺が突然声を発したからか、美羽の母親に痛い視線を送られている。

そりゃ、そうなるよな……。

大事な娘の部屋に、知らない男がいるんだから……。



「それで、あなたは美羽とどんな関係なの?」

「分かりやすく言うと、今は雇用関係です」


「雇用関係?」

「はい。俺がこの国に初めて来た時、知り合いが誰もいなくて困っていました。そんな俺に手を差しのべてくれたのが美羽さんなんです。部屋が見付かるまでの間この家の一部屋を貸してくれて、その対価を払っているだけです」


猫の俺が美羽の家に無理矢理押し掛け、それから住んでいるなんて正直に言えない。

たまに家事をしているし、料金が発生している訳ではないけど、人間に例えるとこんな感じだろ。

経緯を話したのに、美羽の母親はまだ渋い表情のままだ。

これ以上の関係は話せないんだけどな……。



「そうだったのね。それで、あなたはまだ独り身?」

「はい」


「美羽もまだ独身の女性なのに、同じ屋根の下に暮らすって……非常識だとは思わないの?」

「いいえ。俺は美羽さんのご両親に顔向けできない事はしていませんから」


「本当に?」

「はい」


まだ今のところは……だけど。

美羽がどう思っているか知らないが、俺は美羽が好きだ。

猫のオスとしてではなく、一人の人間として。

優しいし、思いやりがあるし。

人間の男と女としては……今は考えないでおこう。



「わかったわ、あなたの話を信じましょう」

「ありがとうございます」


はぁ……助かった。

俺の話を信じてくれて良かった。

これ以上問われていたら、ボロが出そうで危なかった。


「美羽が変な男を部屋に入れるなんて、そんな非常識な事をする子ではないもの」

「そうだよ。お母さんとお父さんの子だもん、当たり前でしょ」


美羽の母親は、娘を信頼している。

自分の娘ならば、親を悲しませるような事をしないと。

もし、俺が裏切るような行為をしていたら、大変な事になっていたかもしれない。

俺の理性に感謝だな……。



「でも……あなたはイケメンだし、美羽の好みのタイプみたいだから、襲われないように気を付けてちょうだいね」

「ちょっと、お母さん!変なこと言わないでよ……」


「あはは……」

「大丈夫、お父さんにはこの事は黙っておくから。もし知られたら、すぐにでも連れ戻されちゃうからね」


美羽の母親は、俺に対しての警戒心が先程より無くなったようで、冗談を言ってきた。

それにしても、俺は美羽の好みのタイプだったのか。

美羽をチラリと見ると、頬が少し赤らんでいた。

どうやら嘘ではなさそうだ。

全く、強がらずに素直に認めれば良いのに……。

そんな態度をとるところも、可愛いと思ってしまうんだよな。

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