第36話 華の貴公子、見参!?。その4
コンコンコン……。
もえは俺を抱き抱えたまま店の裏にある家に行き、玄関をノックした。
「あれ?萌恵ちゃん、どうしたの?」
「あっ、りゅうとおにいちゃんだ」
玄関の脇にある窓から人間の大人の男が顔を出し、もえに話し掛けてきた。
「パパとママは?」
「うんとね、ひとりであそびにきたの」
「そうなんだ。今開けるから、ちょっと待ってね」
「は~い」
もえはこの男とは顔馴染みらしい。
すぐにドアを開けるということは、かなり親しい仲なのだろう。
これは幸先いいぞ。
「萌恵ちゃん、その黒猫……どうしたの?」
「んとね、お店の前にいたの」
「そうなんだ」
「うん」
「かっこいいでしょ」
「うん、そうだね。あまり見かけない種類だ」
そりゃそうだろ。
俺の血統はそれなりにあるんだからな。
……って、そんなのどかな話を聞いている場合じゃない。
俺の頼みを言ってもらわないと。
だが、りゅうとは萌恵の為にお菓子とホットミルクを出し、談笑しはじめた。
俺にまでお皿に適温のミルクをくれた。
見ず知らずの俺にまでしてくれるなんて、なんて優しいヤツなんだ。
見ていて癒される光景だが、俺はそんな事をしている場合じゃないんだよ……。
「萌恵、りゅうとに言って欲しい事があるんだが。今、頼めるか?」
「うん」
「そうか、それなら……俺が言うものを作ってもらってくれ」
「わかった」
りゅうとは俺と話をしている萌恵を不思議に思っていたが、そのまま萌恵の話を真剣に聞いてくれた。
そして、少し考えた後……了承してくれた。
ただし、条件付きで。
「萌恵ちゃん、その黒猫くんに伝えてくれるかな?必ず、ご主人をこのお店に連れてくるって」
「わかった」
「うんって言ってる」
「ありがとう」
俺にはご主人はいないが、クロノの女を連れてくれば良いだろう。
これが解決すれば、クロノとあの女に大きな借りが出来る。
それを返してもらうのだから、絶対に拒否はさせない。
知っている人間はあの女しかいないし、この場所を紹介したのもあの女なのだから。
「それじゃ、出来るまでゆっくりしてて」
「うん」
「りゅうと、頼んだぞ」
「黒猫くん、任せて」
俺の言葉は通じていないが、俺の気持ちは通じたらしい。
りゅうとは俺にウインクをすると、調理を始めた。出来上がるまで、ソファで少し休ませてもらうことにしよう。
萌恵はすでに疲れて寝てしまっているから、子守りの必要も無いしな。
それにしても、この空間は居心地が良いな。
クロノが人間の世界に住む気持ちが、少しだけ分かる気がした。
「黒猫くん、お待たせ」
「おっ、出来たか」
良い香りが漂ってきたと思ったら、頼んだものが完成し目の前に置かれた。
俺が頼んだのは、とあるスイーツ。
甘党ではないが、俺まで食べたくなるな。
どうしてそれを選んだか、それは持って帰ってからのお楽しみで。
「わぁ、おいしそう」
「萌恵ちゃんのは別にあるから、あとで食べよう」
「わ~い」
萌恵は、りゅうとが冷蔵庫から出してきたプリンを見てはしゃいでいた。
「黒猫くん、これ持って行けるかな?」
「大丈夫だ。りゅうと、ありがとうな」
「ありがとうって言ってる」
「どういたしまして」
りゅうとが完成したデザートを、俺が咥えて持って帰れるように布の袋に入れてくれた。
「俺の名前、ラツィオだ。萌恵、りゅうと……今度は、お礼に来るから」
「ラツィオっていうのね。うん、またきてね」
「ラツィオか、かっこいいな。僕も待ってるよ」
俺は二人にペコリと頭を下げお礼をいうと、来た道を急いで戻った。
結構時間が経ってしまったが、皆は無事だろうか……。
「ラツィオ様は、お戻りになりませんね。王子を助けずに逃げてしまったようですね」
「逃げたのか……」
「ここに来てしまったら、私の虜になってしまうと感じたのでしょうね」
「あぁ、そうかもな」
赤毛の魔女にそう返事をしたが、ラツィオは友を置いていくような男じゃない。
別室にいる皆も、戻りが遅いことを心配しているだろう。
だが、俺は戻らなくてもいいと思っている。
ラツィオが赤毛の魔女の虜になってしまうかどうかは謎だが、これ以上犠牲を増やしたくはないからな。
カタン……。
家の裏口から、ラツィオさんが戻ってきた。
急いで来てくれたのか、毛並みが乱れていた。
「お待たせ」
「リーダー、遅かったね」
「無事でなりよりだ。で、それは何だ?」
「あぁ、これか。今から使うものだ」
ラツィオさんは、咥えてきた布袋から小さな箱を取り出した。
それは、友を助ける為に不可欠なモノらしい。
それを部屋にある小さなテーブルに置くと、私達に小声で話し掛けてきた。
それは、これから行う作戦の内容だった。
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