第30話 魔女と王子の同居生活。その2
「寂しい……」
家がこんなに静かだったなんて思わなかった。
ううん、このアパートに越してきた時はそうだったと思うけれど、忘れていたんだ。
タマと住むようになってからは、ケンカしたとしてもそんな思いはしなかったから。
家を出る時は、眠くても見送ってくれた。
帰ってきた時は、出迎えてくれた。
道端で会ったときは、会話しながら家に帰ってきていた。
ローズが乱入してきた時は、大騒ぎしていたし。
それなのに、今は……誰もいない。
こんなに静かだと、寂しすぎてどうしていいか分からなくなるよ……。
「……私、何をしているんだろ」
寂しすぎる気持ちを誤魔化す為に、家の掃除をいつもより丁寧にしたり、普段作らないようなお菓子作りまでしてしまった。
焼き上がったばかりのクッキーは、何故か猫の形になっていて、余計に寂しさを増す。
いつも強がりばかり言っていた自分。
何故、素直に離れたくないと言わなかったんだろう……。
今更後悔しても、もうタマには会えないんだよね。
はぁ……こんな事ならあのままの姿で魔女の家に居たかったな。
「せっかくタマが私の為にしてくれたのに、あの姿で居たかったと思うなんて、私ってどうかしてる。タマの犠牲を無駄するところだった……」
クッキーをガツガツ食べながら、自暴自棄になりつつある。
こんな状態じゃ、タマが心配するだろうな。
「タマが居なくても、ちゃんとしなくちゃ」
でも、タマが居ない生活に慣れるなんて出来るのかな。
タマはどうしているかな。
魔女にいじめられていなければ良いけど……。
「……はぁ、疲れた」
「王子ったら、意外とタフなんですね」
「まぁな。王子をやっていても、鍛えていたからな」
魔女との触れ合いを避ける為に、家の中を逃げ続けていた俺。
そのせいで、すっかり汗だくになってしまった。
「はあぁ……。王子の汗を流す姿が色っぽいですねぇ」
「……ただの汗だくな男なだけだろ」
魔女の歩みが止まったと思ったら、動きすぎてグッタリしている俺を眺め頬を赤らめていた。
まったく、ただの変態だな。
「王子、いい加減に認めたらいかがです?」
少し前まで頬を赤らめて俺を見ていたのに、魔女の態度が急変した。
……逆ギレか。
「何をだ」
「私の事、本当は欲しくてたまらないのでしょう?」
「はぁ!?何を根拠にそんな事を言うんだ」
そりゃ、美羽の姿で迫って来るとドキドキはするが……。
「本気で拒絶はしていないですもの。口では嫌だと言っておりますが、本心は欲しているという事です」
「……いや、それは、だから違うって」
美羽に限ってのことで、赤毛の魔女は欲していない。
この疲労困憊している俺の状態を見たら、嫌がっていると察すると思うのだが……。
「ほら、否定していない。やはり受け入れたいと思っているのでしょ?」
「今、否定しただろ」
「いいえ、否定はしておりません」
「したって。俺は、お前を欲してはいないから」
「この姿なら、受け入れてくれますよね?」
「……無理だって」
疲れる、こんなやりとりの繰り返しばかりが続いていると、精神的疲労が半端ないな……。
さっき別れを告げたばかりなのに、美羽に会いたくなってきた。
あぁ、美羽……助けてくれよぉ。
コン、コン……。
「あの……すみません」
「はい、どなたですか?」
誰かが玄関のドアをノックした。
タマの事を考えていたから、一瞬タマが帰ってきたのかと思ってしまった。
だけど、女性の声がした。
だからタマじゃない。
あれ?
でも、ドア越しに誰かと問い掛けたのに、返事がない。
窓からコッソリ覗いても、ドアのところに誰もいないし。
もしかして、気のせいだったのかも。
うん、そうだ。
うちじゃなくて、隣の家だったのかもしれない。
「……あの、美羽さんですよね?」
「うわっ!びっくりしたぁ……」
いつの間にか背後に白い猫が現れ、私に話しかけてきた。
あれ、この猫……何処かで会ったような?
「えっと……あの、もしかしてタマのお姉さんのホワイトさんですか?」
「はい。突然お邪魔してごめんなさい。返事が無かったから、そこのベランダの窓から入ってきちゃった」
「あ、そうだったんですね」
だから姿が見えなかったのね。
ホワイトさんは黙って入ってきた事を謝ってくれたけど、返事をしなかった私がいけないんだし。
それより、私に会いに来るなんて何かあったのかな……?
「美羽さん、今日はお願いがあって参りました。時間があまり無いので手短に話しますね」
「あ、はい」
お願い……?
王族の方が私に頼みって、一体何だろう。
「弟が魔女に捕らわれていると聞きました」
「はい。正確に言うと、私を助ける為にそうなってしまったんです……」
「そうでしたか。ですが、王族の身分を離れて自由の身になったとはいえ、元王族という肩書きが付いて回ります。だから、一刻も早く救わなくてはいけません」
「……肩書きが変わったのは、タマのせいでは無いです」
「えぇ。でも、民はそう思っていません。今でも弟を後継者にという声が上がるくらいですから」
……そっか。
王族をやめても、国の人から忘れられた訳ではなかったんだ。
信頼されて、期待されて、そして……未来の王の帰りを待っているんだ。
「タマは帰りたいでしょうね」
「どうでしょうか。弟は……自分の帰りたい場所を見付けていると思います。だから、その時が来たら迷うと思います」
……帰りたい場所?
それは、私の所?
「その時は……来るのでしょうか?」
「わかりません。後継者になっている兄は、既に結婚をしていますが、子がおりません。次期後継者の候補にはなると思います」
「そうですか……」
そうなると、タマと離れ離れになっちゃうんだ。
タマの為には、その方が良いんだよね……。
「今から弟を救う為、魔女の所へ向かいます。それで、美羽さんにも来て欲しいんです。どうか、お願いします」
「私が行っても足手まといになりませんか?」
「美羽さんが必要なのです」
「……わかりました、私も御供します」
「ありがとう」
私が行っても何の役にも立てない気がする。
それでも、ホワイトさんがそう言うのならば、私なりに何とかしてタマの救出を助けなくちゃ。
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