第29話 魔女と王子の同居生活。その1
タマが魔女との同居生活を始めて1ヶ月が経った。
私は元の姿に戻り、自分が住む世界に戻れた。
今は以前と変わらぬ生活をしている。
数日間の無断欠勤になってしまうと配していたが、現実世界ではほんの数分の事だった。
だから、あの世界での事は夢だったのではないかと思う時がある。
でも、夢ではない。
家にタマは居ない。
タマの寝床のクッションと食器だけが、主がいないとアピールしていた。
「はぁ……退屈だ」
美羽が元の姿に戻れた。
俺は笑顔で見送った。
こんな事は平気だと、気丈に振る舞って見せた。
本当は会えなくなるのが寂しいのに……。
俺も素直じゃないよな。
だが、そんな感傷に浸っていた数時間後……魔女との同居生活が始まってしまった。
「王子、何か食べたいものはあるかい?」
「いや……別に」
「王子、何か欲しいものはあるかい?」
「いや……特に」
「王子……」
「赤毛の魔女、煩い!」
「……はい。申し訳ありません」
色々と伺いを立ててくる魔女に怒鳴ったら、大人しくなってしまった。
逆ギレされるかと思ったのに。
さっきまでの威勢は何処に行ったんだ!?
「クロノ様、私はどうすれば良いでしょうか?」
美羽とあの世界に帰れと言ったのに、俺とこの魔女の家に残ったローズは、何もすることが無いらしく、暇そうにしていた。
「好きなように暮らせ。お前は約束事に縛られてはいないんだからな」
「でも……」
「お嬢さん、今すぐに帰ってくれても良いんだよ。邪魔だしね」
「嫌です!私はクロノ様と共にあるんです」
「……おい、勝手に決めるなよ」
まぁ、確かに。
特に必要とはされていないしな。
でも、魔女がローズを邪険にしているのを見るのは、退屈しのぎにはなりそうだけどな。
「暇なら、家の掃除でもしておくれ。それが嫌なら、その辺りを散歩でもしてくるんだね」
「……散歩してきます」
「あぁ、ゆっくりしてくるといい」
掃除は嫌なのか。
そうだよな、家ではメイドが何かと世話をしてくれるから、した事がないのだろう。
俺は王子とはいえ、美羽の家に来てからは、自分の事はそれなりにしていたから、別に嫌いでもないしな。
俺にそれを見透かされたローズは、申し訳なさそうにそそくさと家を出ていってしまった。
「さてと、王子……やっと二人きりになれましたね」
「はぁ!?」
ローズが居なくなって静かになったと思ったら、今度は赤毛の魔女が俺に変なことを言ってきた。
「これでやっと王子を独り占め出来ます」
「な、何!?」
「こんな状況もあると、思わなかったのですか?まさか、それは無いですよね?男女が一緒に暮らすならば、当たり前の流れでしょうに」
……おいおい、そんな流れなど眼中にも無かったよ。
好きな女との同居ならば、有り得なくもない話だが。
これは困った。
こんな展開がやってくるなんて、俺も罪な男だな。
「本当に俺とそういう関係になりたいのか?」
「王子が望むなら」
「……いや、俺は望まないけど」
何故、俺から積極的にならなくちゃいけないんだよ。
誘ってきたのは、そっちだろ。
それ以前に、俺は好きでもない女とそういう関係にはなりたくないんだよ。
「私が好みのタイプじゃ無いからですか?」
「まぁ、それもあるな」
タイプじゃなくてもそうなる時がある者もいるだろうけどな。
それにしてもグイグイと質問攻めをしてくるなんて、驚きだ。
欲求が溢れて止まらないのだろうか……。
「それじゃ、この姿なら?」
魔女はニヤリと笑うと、姿を変えた。
それは、さっきまでのいわゆる魔女の正装みたいなローブではなく、露出度が高めの服装。
しかも、変身した姿が美羽なのだ。
こんな美羽を見たことがないから、心臓がバクバクしてきた。
「お、おい……それは反則だろ」
「王子、この姿は如何です?私を欲しくなっていませんか?」
「ち、近寄るな!」
「お、う、じ、さ、ま。そんなに私が嫌いですか?」
「だから、来るなって!美羽の声まで真似るなんて卑怯だぞ!」
あり得ない……まさか、俺の理性を刺激してくるとは思わなかった。
姿が違うとは理解していても、このまま持久戦に持ち込まれると不味いことになりそうだ……。
「王子、これでも拒絶なさるのですか?」
「……あぁ。例え美羽の姿になっても、本来のお前は赤毛の魔女だからな」
「そうは言っても、本当は受け入れたいのではないですか?だって、拒絶というよりは動揺していますもの」
「そ、そんな事は無い。ただ美羽のその姿に戸惑っているだけだ。お前を受け入れる筈が無いだろう」
……ははは、見抜かれている。
俺って、美羽には弱いんだな。
だが、目の前にいるのは美羽ではない。
だから、惑わされてはいけないんだ。
「王子さま~、私、貴方が大好きです。だから、逃げないでください」
「お前、近寄るなって言っただろ!」
「本当は受け入れたい癖に、強がらないでくださいよ~」
「だぁ~!うるさい、うるさいぞ!俺はお前が嫌いなんだよ」
「嫌いだなんて、嘘ですわ。王子さま、私をちゃんと見てくださ~い」
部屋の中を逃げ回る俺。
美羽に変身した赤毛の魔女は、俺を追い掛けて楽しんでいる。
いつまでこんな事を続けるんだ。
このままじゃ、本当に餌食になってしまうぞ……。
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