第27話 願いの代価。その3

「お前、王子を誘惑する自信はあると言ったのに、どうしてくれるんだ?高い金を払って雇った意味が無いじゃないか!」


「魔女様……申し訳ありません」


「せっかくのチャンスを逃したんだよ?どう償うつもりだい?」

「この命を……」

「お前の命など要らないよ。何の価値もない」


なんだこの状況は。

美羽を出してくれると思ったのに、険悪な雰囲気になってしまったな……。



「クロノ様、あの者に見覚えがあります」

「そうなのか?」

「はい、城下の歓楽街で1番人気だと言われていた『サファイア』です」

「歓楽街の?」

「はい。間違いないです」


何故ローズが歓楽街の事まで情報通なのかは、詮索しないでおこう。

まさか俺の国の者が魔女に雇われてこんな所にいたなんて驚いたな。

気を取り直して魔女の方を見てみると、まだ言い争いをしていて、怒りが徐々にヒートアップしていた。



「サファイア……何故、このような事をした。わざわざ俺を騙す依頼を受けなくても、国で充分な稼ぎをもらえただろ?」


歓楽街で1番の女だったら、国を離れてこんな仕事をしなくても食べていける筈。

だから俺は理由が気になってしまい、魔女との口論中だが会話に割り込んだ。


「サファイア、正直に答えて差し上げなさい」

「はい、魔女様。王子……お答えします。私の価値を上げる為です」

「価値?」

「はい、そうです」


魔女は口論を中断し、サファイアに答えるように命じた。

サファイアは魔女の良いなりになっているが、嘘を言ってはいないようだ。

価値……か。

人を騙すような行為なのに、自分の価値が上がる?

俺にはそんな考えは到底理解出来なかった。



「失礼ながら、王族の方は暮らしに困ることは無いから、疑問を持たれるのだと思います」

「疑問?王族とか関係無いだろ。人を騙して金銭を得るなど、許されるものではない」


人の道から外れる行為だし、王族を辞した今でも俺は決して歩みたくない道だ。


「サファイア、貴女は歓楽街で1番と言われている遊女、クロノ様を誘惑する必要は無い筈ですわ。それなのに、何故です?」


ローズも理解出来ないようだ。

人気の遊女なら、羽振りも良い筈だと。



「……私には養わなくてはならない弟や妹がおります」

「それでは、家族の為にこのような事をしたと?」

「……はい、申し訳ありません」


そうか、やむを得ずしてしまったと。

目に涙を浮かべて、俺に頭を下げた。

サファイアは騙した事を俺に謝罪してきたが、こんな事をしても家族は喜ばないだろうに……。


「クロノ様、この者を許して差し上げては如何ですか?家族の為ですし、クロノ様が騙されなかった事で魔女に叱られて可哀想ではありませんか?」


ローズまで俺に許すように諭してきた。

理由が理由だけに許してやりたいが、何だか騙されてやらなかった俺が悪いみたいな流れになっていないか?



「そうだな、今回は許すとしよう。だが、次は無いと思え」

「御許し下さり、ありがとうございます」

「サファイア、良かったわね」


ローズは、自分の事のように喜んでいた。


「アハハハハ!面白いね~、良いものを見せてもらったよ」


だが、ただ一人……赤毛の魔女だけは違っていた。

俺達のやり取りを黙って見ていたのに、急に笑い出したのだ。

何が面白い?

変なところは無かった。

家族の為にした事だから、笑うというよりか感動するか同情するという感情が出てくるのが通常だろ。



「何故、そんなに笑う?」


「王子は何処までもお人好しなのですね。このサファイアの嘘にまんまと騙された上に許すなんて、砂糖よりも蜂蜜よりも甘過ぎますよ」

「私達、騙されたのですか!?」

「えぇ、そうです。この程度の話で騙せたので、驚きましたわ」


……サファイアの表情は先程とらガラリと変わり、平然としていた。

ローズはとても悔しそうにしている。

それにしても、こやつ等には良心というものが無いのか。

とても誇らし気にしている所を見ると、騙した事を悪いとは全く思っていないようだ。



「騙すなんて酷いです!」

「騙された方が悪いね。話が矛盾していたとは思わなかったのかい?サファイアは『価値』を上げたいと言っただろ」

「そうだったな」


それをローズが話を脱線させて、理由を聞けなかったんだ。


「王子を私の虜にしてしまえば、『王子まで魅了した女』という噂が広まります。そうなれば、更に価値が上がりますわ」


なるほどな。

いくら歓楽街で1番と言われた者でも、いずれその栄光は他の者のものになる。

その前に、俺で手を打ったということか。


「サファイア……お前は勘違いしているようだが、俺は陳腐な話に騙された訳ではない。お前の境遇に同情したし、お前が可哀想に思えたからだ」

「私が可哀想ですって!?」

「そうだ。そんな方法で価値を上げても無意味だろ」


元王族の俺には、城下で暮らす民の生活の苦労など知らない。

世間知らずのお坊っちゃまだからな。

そんな俺を騙すなど、簡単なことだろ。

それをネタに出来るのは、長い時を生きていく中ではほんの一瞬。

そんな一瞬の栄光にすがっても、後々……自分が惨めだと思うだけだろ。



「それが無意味でも、私は構わない。それで私の実力が証明出来るんですもの」

「実力か……」

「その実力があると見込んでサファイアを雇ったのに、このざまだ。見込み違いで終わったけどね」


サファイアは結果を残せず、嫉妬やどす黒いモノが渦巻く世界に戻っていくのか。

きっと何事も無かったように、歓楽街で一番の遊女として暮らすのだろう。

これ以上話し合っても、俺にはサファイアの気持ちは理解できない。

生きてきた過程が違うし、共感すら出来ないのだから。

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