第25話 願いの代価。その1
「あの魔女が帰ってこないな。すぐに戻るとか言っていたのにな」
「そうですね。この隙に帰ってしまいましょうか?」
美羽が見付かったことだし、黙って帰っても分からないかもな。
だが……あの魔女のことだから、代価を払うまで何処までも追い掛けてきそうな気がするが。
「あの……王子。私、王子の力を戻して欲しいと赤毛の魔女にお願いしました。それで……私は既に代価を払いました」
「美羽、あの魔女にそんな願いを言ったのか?」
「はい。そのお陰で、王子が元気になったのですよ。あの方は、素晴らしい魔女様です」
美羽があの魔女をそんなに褒め称えるとは。
どんな代価を払ったかは知らないが、そんなに凄いヤツには見えなかったけどな。
「王子は、私と再会する為にどんな代価を払う事にしたのですか?」
「俺か?特に指定されていないが、勝手に内容を決めて良いものなのか?」
後々言われるかと思っていたのに、中々行ってこないし、言っていた本人も帰ってこない。
実はタダ働きしてくれた……なんて事があったりするのか?
「赤毛の魔女は、王子の事がとても気に入っているのだと思います。きっとここに住んで欲しいと言ってくると思います」
「ここに?」
「はい」
こんな場所でずっと暮らすのか……。
もしそう言われたら、俺は断るだろう。
あの魔女と二人きりで暮らすなんて、寒気がしそうだよ……。
「俺は嫌だ。今住んでいる美羽のアパートが良い」
「……もし、私もここに住むと言ったら?」
美羽もここに住むのか?
そうしたら、仕事はどうする?
ここから通うなんて無理だろ。
「ちょっと、あなた、急に変なこと言い出さないでよ!私のクロノ様が動揺されているでしょ」
いや……動揺というより、困惑と言った方が正解で。
まさか、美羽がそんな事を言ってくるなんて思ってもいなかった。
もしかして、あの魔女に洗脳されたのではないか?
「……美羽、それは本心か?あの魔女に言わされているのではないか?」
「いいえ、それは決してありません。私の本心であり、願いです」
美羽は真っ直ぐな瞳を俺に向け、はっきりと断言した。
それに嘘偽りは決して無いという意思表示だった。
あの美羽が嘘をつく筈がないのは知っている。
だからその言葉を信じていいのだと思う。
だが、俺の何かが目の前の美羽を拒絶し始めている。
何かが違う……と。
もしかしたら、俺自身が『美羽は、そんな事をいう女ではない』と決めつけているのかもしれない。
俺の直感で決めた女だから、認めたく無いのかもしれない。
あるいは……俺の望んでいた女が、この場に来て変わってしまった事に、失望しているのかもしれない。
それとも、ただ俺がこの場で暮らしたくないだけで、美羽の意見を聞き入れたくないだけかもしれない。
いずれにせよ、俺は受け入れたく無いらしい。
そして時間が経てば経つ程、この状態に段々と苛立ちが増し、話が終わる頃になると、それは爆発寸前までになっていた。
「美羽、赤毛の魔女を呼んできてもらえないか?」
「魔女様をですか?」
「そうだ。代価を払うと伝えてくれ」
「わかりました」
美羽は家の外へ出ていった。
あの魔女を呼びに行くだけなのに、満面の笑みでだった。
「クロノ様、本当に代価を払うのですか?」
「そうだ」
「今からでも考え直しては如何ですか?」
考え直す?
俺はそんな事はしない。
するとしたら、あの魔女にしてもらう。
理不尽な代価など払うものか。
「王子が私と暮らす事になるなんて、夢のようだね~」
「……他の願いではダメですか?」
「何を言う、これは願いの代価だよ。それを変えるなんて有り得ないことだよ」
赤毛の魔女は王子と暮らせる事を喜び、周囲の花を舞い踊らせていた。
私は願いの代価を払った為、魔女に逆らうことが出来ず、ただ黙って従っている。
もし逆鱗に触れるような事になったら、私の願いによって元通りになった力を、魔女が無効にしてしまうという恐れがあった。
私が代価を支払ったのは仕方がない事。
でも、まさか私を探しに来るなんて……。
私は、ただのアパートの一室の主。
その私を探しに来るなんて、どうかしてる。
その為に、高い代価を払うなんて間違っている。
だから『今すぐ帰って!もう来ないで!』と声に出して伝えたい。
だけどそれが許されない状況で、とても辛い。
魔法でそれが伝わらないようにされてしまっている。
笑顔で対応している私の内面は違うのに……。
どうか、私を見捨てて。
元の世界で幸せになって。
そう心の中では、叫び続けていた。
「王子、私を呼んだみたいだね」
赤毛の魔女が軽快な足取りで家の中に入ってきた。
俺が呼んだ用件を察しているみたいだ。
「そうだ。代価を払おうと思ってね」
「それは良い心がけだね。で、いつからにする?」
「いつからとは?どういう意味だ?」
魔女は意味がわからないよ……という表情を見せた。
まさか、本当にこの家に住まわせる気なのか……。
「ここに私と住むんだろう?それが代価だよ」
「そうか、それが代価か。でも、俺はそれについて了承してはいない」
「でも、王子の願いは叶えたよ。さっき無事な姿を見ただろ?」
「いや、あれは俺が探している人ではない。だから、契約は不成立だ」
「何!?」
そう、俺は騙されない。
あれは美羽であって、美羽じゃなかった……。
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