第24話 誘惑の魔女。その5

「さぁ、王子。食べてください」

「そうです、クロノ様。それを食べて力を回復させてくださいませ」


この木の実を食べれば、力が回復する……そう言われているのに、何故か躊躇している。

妖し気な光を放っているように見えるのは、俺だけなのか?


「王子、どうしたのですか?その弱った体を回復させないと、命に関わります。ですから、早く召し上がって下さい」

「……美羽」


美羽が心配してくれている。

泣きそうな表情で俺に懇願していて、その姿さえ愛しく見えていた。



「さぁ……王子、その木の実を召し上がって下さい」


食べるのを躊躇していたのに、美羽の声に後押しされ、木の実をごくりと飲み込んだ。

その瞬間、周囲の景色がぐるりと回り、一瞬意識が遠退いた。


「クロノ様、大丈夫ですか!?」

「……あぁ、大丈夫だ。ちょっと目眩がしただけだ」


さっきの現象は木の実を食べたせいだろう。

少しずつ力が戻ってきているし、効果は本当だったんだな。


「王子……具合は如何ですか?」

「美羽、もう大丈夫だ。お前のお陰だ、本当にありがとう」


「そんな……。私は王子のお役に立ちたかっただけです」


美羽はとても恥ずかしそうにしていた。

頬は赤く染まり、とても可愛く見えた。

こんな美羽は初めて見たな……。



「俺が人間だったら良かったのにな……」


「王子?急にどうされたのですか?」

「クロノ様、まさか野蛮な人間族になりたいのですか?」


野蛮?

人間は野蛮ではない。

でも、俺達の種族は……過去に人間族に追いやられたという過去がある。

だから、人間に対して良い印象は持ってない者が多いだろうな。


「……いや、そういう意味じゃない。最初から人間だったら、力を使わずとも良いと思っただけだよ」

「なるほど、そういう意味でしたか」


「当たり前だろ。変な意味に取るなよ」



俺は本心を誤魔化した。

本当は、人間界……いや、美羽と出会ってから、そういう気持ちを何度か抱いていた。

もし2つ願いが叶うならば、『美羽の居場所を知りたい』のと、『人間になりたい』と言っていただろう。

だが、それも夢のまた夢。

一生、そんな願いは叶わない。

だから、せめてペットの猫のとして美羽の側で暮らしていきたい。



「王子、願いを叶えてもらいましょう」

「……美羽?」


急に何を言い出すんだ?

まだ美羽を見付けた代価も払っていないのに、更に願いを言ったら、どんな見返りを求めてくるかわからない。

やっと美羽に会えたのに、俺だけの願いを叶える為に、そんな危険な事は出来ないだろ。


「あなた、そんな無礼な発言をしても良いと思っているの?この世界にいても、クロノ様は私達の国の王子です。それを辞めろと言っているのですか!?」


「……そんなつもりは無いです。ただ、王子がいつまでも私と一緒に暮らせたらと思っただけです」


……美羽。

お前も俺と同じ気持ちでいてくれたのか。

それだけで、俺はもう充分だよ。



「クロノ様と暮らすのは、この私です。あなたのような庶民とは釣り合いませんわ」

「そんな事はないと思います。王子は私と一緒にいれば幸せになれます」


「あの不自由な庶民の生活では、幸せとは言えませんわ」

「そんな事はありませんわ。私といれば、何不自由なく暮らしていけます」


いつのまにか俺を置き去りにし、ローズと美羽が言い争いを始めた。

ローズのお陰で美羽の本心が聞けて、俺は本当に嬉しかった。

しかし……その会話を聞いているうちに、何故か違和感を抱き始めていた。



「美羽……俺が猫のままでも、そう言えるのか?」


「それはどういう意味ですか?」


「クロノ様が人間にならなくても、そう言えるのかって事でしょ」


俺が言う前に、ローズがフォローしてきた。

ローズは俺が王子だから、結婚したいとアピールしているだけだ。

もし、今の跡継ぎである兄上に何か起きた場合、他の王子がその代わりに継ぐこともあるしな。

だから、人間になるなんていう事には反対しているんだろう。

自分が王妃になるという夢が消えるからな。



「私は……どちらでも構いません。私は王子と生涯一緒に暮らしたいだけですから」

「生涯!?」


生涯だなんて、急に大胆になったな。

まるでプロポーズみたいだろ。

言っている本人は、全く自覚が無いのが残念だが。


「えぇ、そうです。だって、こんな素敵な王子と暮らせるなんて夢のようですもの」

「美羽……?」


夢のよう?

俺と暮らせるのが、そんなに夢心地状態になるのか?

それじゃ、今までは……何だったんだ??



「あ、いえ……今のは聞かなかったことにしてください。私ったら何を言っているんだろ」


「あ、あぁ」


「全く、私だって王子と暮らしたいわよ」

「ですよね。あはは……」


聞かなかった事に……か。

美羽が慌て訂正している様子から見ると、本気で言った言葉だったようだ。

ローズは美羽の言葉に苛立っているが、俺は逆に冷静に美羽を見ていた。

美羽がいつもの美羽じゃない。

この場所に連れてこられたから……なのだろうか?

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