第22話 誘惑の魔女。その3

「中へお入り下さい」

「ありがとうございます」


待つこと数分、キーっという音と共にドアがゆっくりと開いた。

そしてそのドアから金色の髪の少女が出てきてニコリと微笑み、俺達を家の中へと招き入れた。

お菓子で出来た壁や窓があるせいか、家の中でも甘い香りがしていた。


「こちらにお座り下さい」

「はい」


金の髪の少女は、俺だけイスに座るように言っていた。

ローズは奥の部屋へと案内された。


驚いたことに、座るイスやテーブルは木で出来ていた。

全てお菓子で統一されているのかと思ったが、違うんだな。

あ、もしかしたら俺が来る前にお菓子のイスとテーブル食べてしまって、仮で置いたのかもしれないな。

うん、童話的にそういうことにしておこう。



「お茶をどうぞ。リラックス効果がありますよ」

「ありがとうございます。いただきます」


再び現れた金の髪の少女は、淹れたてのお茶を持って来た。

そして俺の前に座ると、ニコリと微笑んだ。

どうやら俺に自分が淹れたお茶を飲んで欲しいようだ。

黙って笑顔で座られると、威圧感が半端無いな……。

猫の俺には熱いものが苦手なんだが、飲み干すまでは目の前から去らないらしい。

仕方なく少し冷めた頃合いを見計らって、一口お茶を飲んだ。



「……美味しい」


仄かな甘味と、フルーティーな香りがするハーブティだ。

リラックス効果がありそうな気がしてきた。


「良かった。王子のお口に合わないのではないかと、とても心配しておりました」


それでずっと座っていたのか。

早く飲めという無言のアピールかと思ったぞ。

……ちょっと待て、今の発言が引っ掛かる。


「……俺が王子だと何故知っている」

「王子が来ると森の木々が知らせてくれたからです」


「森の木々が?」


「はい。こうして王子をお迎えできて、とても光栄です」

「……そうか。歓迎されていたなんて知らなかった」


だからこうしてお茶を出してくれたのか。

でも、ローズが奥の部屋へ追いやられたということは、アイツは歓迎されていないのか。



「そう言えば、叶えたい願いがあるみたいですね。どんな願いでしょうか?」

「探している女性がいるんだ。行方が知りたい」


「それだけですか?」

「そうです。突然消えてしまって、行方が掴めず途方にくれているんだ」


金の髪の少女は、俺が言った願いの内容に驚いていた。

簡単な願いだからか、それとも叶えられない願いだからなのか、少女は考え込んでしまい、何も話さなくなってしまった。



「少しお時間をいただけますか?」

「えぇ、構いません」


金の髪の少女は暫く黙っていたが、俺にそう告げると別の部屋への行ってしまった。

そして入れ違いで奥の部屋からローズが戻ってきた。


「クロノ様、どうでしたか?お話は済みましたの?」

「いや、まだだ。願いは話したが、別の部屋に行ったきり戻ってこなくなった」


「……あの魔女でも、美羽の居場所はわからないのかもしれませんよ?」


そうなのだろうか……。

もしそうだとしたら、美羽をどうやって探せば良いのだろうか。

俺の力が戻っていれば、こんな事にはならなかったのに……。



「願いを叶えて差し上げましょう。ただし、条件があります」


「条件?」

「えぇ、私は無料では仕事をしない質ですから」


金色の髪の少女が再び現れた、赤毛の魔女と共に。

話を切り出したという事は、赤毛の魔女が『願いを叶える魔女』のようだ。

俺の相手をしていたから、金色の髪の少女がその魔女かと思っていたのに。

魔女の世話や願いを叶える者との仲介をする役目を担っていただけだったのか。


「それで、その条件とは?」

「私の大切な魔力を使うのですから、その代価を払っていただきます」


願いがタダで叶えられるとは思っていなかったが、代価ときたか。

かつてはとある国の王子で金には困らなかったが、今や国を追い出されたただの男なのに、代価かよ……。


「代価と言われても、あいにく俺は文無しなんだ。すぐに払える金は無い」


「そうですか……」


魔女は金が無いと言うと、困った表情を見せた。

この世界でも、金が無いと願いは無理なのか……。


「お金でしたら、私が何とか致しますわ。ですので、クロノ様の願いを叶えて差し上げて下さいませ」

「おい、ローズ……お前には関係無いだろ」


「いいえ、クロノ様が困っていらっしゃるのに、私がお助けしない訳にはいきませんわ」


コイツ……俺が冷たくしていたのに、そんな俺を助けるなんて良いやつだったんだな。

少しだけ見直したぞ……。



「やれやれ……。庶民になっても、やはり王族だった者はお金で解決できると思っているんだね」


「……お前が代価と言ったんだろう」

「そうですわ。クロノ様は間違った事はおっしゃっていませんわ。魔女様、私の時には大切な宝石を差し出しましたでしょ?」


代価と言ったら、金の他に何があるんだよ。

コイツは宝石を差し出したのか。

もしかして、あの家に伝わる宝玉の中の1つでも持ち出したのか?

宝石が好きな家だから沢山ありそうだが、知られたら大騒ぎになるだろうな……。



「全く、困ったお人だね。代価と言っただけで、お金とは言っていないよ。願いを叶えてやるから、その価値の分の事をしてもらうって事だよ」


「それならそう言ってくれよ。金じゃないなら、何をするんだ?」


金を払わなくていいのは助かったが、それ以外というのが想像つかない。

もしかして、魔女の雑用係とか、労働をするとか、そういうやつか?

俺は力仕事は不向きなんだよな……。



「それを言う前に、王子に1つ聞きたい」

「なんだ?」


代価を言わずに勿体ぶっているのに、まだ何かあるのか?

聞きたいことなら言ってやるから、早く美羽の居場所を教えてくれよ……。


「王子の本当の願いは何だい?人探しだけじゃないだろ?」


俺の本当の願い?

人を探してもらいたいから、ここに来ただけだぞ。

いきなり言われても、そんなの知るかよ……。



「わからないのかい?」

「あぁ……。他に願いなど無いと思うが」

俺自身、考えても全くわからない。

それなのに、赤毛の魔女にはわかるというのか?

「じゃあ、質問を変えてあげるよ。王子は何故人を探して欲しいんだい?」

「はぁ?人を探して欲しいだけなのに、それに意味があるのか?」

何故美羽を探すか?

それは急に気配が消えて、何処に行ったか心配だからだろ。

それ以外に何も無いだろ?



「そうですわ、探して欲しいだけで他に何の意味もありませんわ」

「おい、ローズ……お前は黙っていろって」


何故コイツはムキになっているんだか。

俺の事なのに、一緒になって魔女と張り合わなくても良いんだよ……。


「おやおや、全くわからないのかい。それは困ったね……。ま、楽しみは後に取っておいてあげるよ」

「おっ、それじゃ願いを叶えてくれるんだな?」

「あぁ、叶えてあげるよ」


はぁ、このままどうなる事かと思ったが、やっと美羽を探せるんだな。

美羽、後少しの辛抱だ。

俺が来るまで待ってろよ。



「………………」


赤毛の魔女が水晶に向かって何か唱えている。

俺が近くで見ても、何も見えてこない。

本当にこれで美羽の居場所がわかるのか?


「クロノ様、これで安心ですね」

「あぁ。でも、それを言うのはまだ早いぞ。美羽が見つかってからだ」


コイツが推薦してきたから頼りにしているが、本当に見付けられるだろうか。

それに叶えられるとして、まだ代価をどう払うかも聞いていないし、不安だな……。

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