第20話 誘惑の魔女。その1

タマは、決して国へ帰ることはしなかった。

日に日に弱っていく姿を見るのが辛いくらい。

食事を食べてくれるから、僅かな命の火を消さずに済んでいるのかもしれない。


「タマ……食事出来たよ。食べられる?」

「あぁ、ありがとう……」


返事をする声にも力が無い。

やっとの事で体を起こして、食事をしている。

数日前は元気だったのに、私のせいでこんな姿に……。

本当に申し訳なくて、でも力になることが出来なくて……そんな自分の存在がもどかしかった。



「もうすぐ満月になるね」


「あぁ、そうだな。いつもは早く感じるのに、今回は長く感じるよ……」

「こんなに満月が待ち遠しいのは初めて」

「俺も」


満月になれば、力が回復して元気になる。

でも……まだあと5日もある。

それまでタマには頑張って欲しい。

タマが前向きになっているし、私も諦めなければ、きっとこの状態だって好転する気がする。

……そう願っている。



「美羽、そろそろ仕事に行く時間だろ?俺は大丈夫だから、早く支度しろ」

「……うん」


大丈夫と言われて返事はしたものの、タマの体調が心配でなかなか動き出せない。


「美羽、俺を信じろ。大丈夫と言ったら大丈夫なんだから。自分の体は自分が良く知っている。だから、心配せずに出勤するんだ」

「本当に大丈夫なんだよね?」


私はタマに念を押した。

だって、私を安心させようとして言っている言葉にしか聞こえないから。


「あぁ。見た目はこの通りだけど、大丈夫だ」

「……わかった。私、出勤してくる。でも、無理して動き回らないでね」


また無理をしたら、どうなるか……それが不安。



「あぁ、無理はしないよ。したくても出来ないし」


タマは苦笑していた。

冗談なのか本気なのか微妙なところだけど、タマの言うことを信じ、私は会社へと向かった。


……その筈だったのに、いつもと違う風景が目の前に現れた。

通いなれた道なのに、間違える筈がない。

でも、考え事をしていたから……間違えたのかも。

とりあえず来た道を引き返さないと。

私は方向転換し、見知った道まで戻る事にした。



「あれ……?」


戻っても戻っても知らない道しか現れない。

一本道だから迷う筈がないのに。

しかも進むにつれて、霧が濃くなってきている。

今朝天気予報を見忘れたけれど、昨日チェックした時点では快晴だった。

これはそれの前触れなのか、それとも何かの仕業なのか。

どっちにしても、私は迷子状態。

見知らぬ道で、ポツンと1人残されてしまった。



前か後ろ、ただそれだけなのに進む方向が分からない。

勘は頼りにならないと思った私は、最新機器のスマホをポケットから取り出した。

そして、今一番頼りになる地図アプリを開いてみた。

しかし、GPSが働かず現在地すら表示不可。

最後の助けを借りようと、助けを呼ぼうと電話をしたが、圏外表示で通話が出来ない状態。


「……どうしよう。私、どっちに行けばいいの?」


ただ会社に行きたかっただけなのに、弱っていたタマを置いてきてしまった私は、その罰を与えられてしまったのでしょうか。



美羽の気配が消えた。

いくら距離が離れていたとしても、いつも存在を確認していた。

あの日からずっと……。

自分の力が弱まっているとはいえ、美羽の気配を見失うなんて。

何処かに遠出して、距離が離れすぎていて気配が掴めないのだろうか。

いや、違う。

会社に向かう途中、急に気配が途絶えたんだ。

きっと誰かに連れ去られた……。

たぶん、それだ。


だが、美羽が狙われる理由は無い。

ただの人間だし、男関係も特に拗れてはいない。

こう言っては怒られるだろうが、好意を寄せている男の気配も無い。

……秘密にしているなら別だが。

考えられるとしたら、あの女。

あっちの世界から来たローズ。

俺を連れ戻そうとしていたのを、美羽が邪魔をしていると感じていたとしたら?

邪魔な美羽を俺から引き離そうと、策略を練るかもしれない。


「とりあえず、あの女を呼ぶしかないか……」


俺はベランダに出て、名前を呼んだ。

すると、近くにいたらしく数秒で目の前に現れた。


「クロノ様、私の名を呼んでくださるなんて、とても嬉しいですわ」


「呼びたくてお前を呼んだ訳じゃない」

「私達の仲なのに、恥ずかしがることはありませんわ」


ローズは全身で俺に会えた喜びを表現してきたが、勘違いさせない為に全否定した。

それでもめげない奴で、己を貫き通している……。

こんな調子で会話が成立するのか、かなり不安だ。



「お前に聞きたいことがある」

「何かありましたの?」


何かあったなんて、良く分かるな。

それ以外の理由では呼ばれないと自覚しているのか?


「美羽が行方不明なんだ。この件は、お前が関わっていると思ったんだが……違うか?」


「……私が?何故そう思われるのですか?」


何故かだと?

そういう問いをしてくるか。

でも、それは何かしら知っている奴の言う台詞だ。

やはりコイツを呼んで正解だったな。



「逆に聞くが、そう思われる理由があるだろ?」


「……あの女が行方不明になったなんて知りませんわ。でもそうなった心当たりなら、無い訳ではありませんわ」


回りくどいな。

でも、何かしら知っているという事だ。

それならば、しっかり聞き出して美羽を探しに行かなくては。



「……で、何故お前がついてくる」


「それは、クロノ様のお体が心配だからですわ」

「俺は大丈夫だ。だから、お前は来るな」


「嫌です。私は共に参りますわ」

「邪魔だから帰れ」


「私、お役に立てる自信がありますわ。だから追い返そうとしても無駄ですわ」


はぁ……、面倒な事になったな。

情報だけ聞き出したかっただけなのに、まさかついてくるなんて。

今の俺は一人守るくらいの力しか残っていない。

だから、もしオマケに何かあっても助けてやれないのに。



「私、自分の身は自分で守れます。ですので、ご安心ください。それに、そんなに弱っているクロノ様よりは、私の方が頼りになると思います」

「……言ってくれるじゃないか」


「では、参りましょう」

「…………さっさと行くぞ」


本当の事だけに、反論できない。

相手を知らない俺よりも、まだコイツの方が対処の方法を知っている……筈。

仕方なく、一緒に来ることを許可した。

これも美羽の為だからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る