第19話 美羽の苦悩。その2

翌日。

いつもように目覚め、顔を洗うために毛布からモゾモゾと顔を出した。


「……あれ?なんか寒い」


昨日まで感じていた違和感が、今日は違う違和感に変わっている。


「ん……美羽もう起きたのか」


私が毛布を動かしたからか、タマが起きてしまった。


「あ、うん。ね、私……気になる事があるんだけど」

「何?」


「……私、元に戻るってるよね?」

「おっ、そうだな。良かった、良かった」


タマは私が人間に戻った事を喜んでくれることはなく、また寝入ってしまった。

これってどういう事だろう?

タマの力が無ければ元に戻れないんじゃ無かったの?



あんなに悩んだのに、呆気なく元に戻れたなんて。

いくら考えても、どういう理由でこうなったか分からない。

でも元に戻れた事が嬉しくて、理由なんてどうでも良くなっていた。


「あ、そうだ……会社行かなくちゃ」


今日も休むつもりだったけれど、人間に戻れたならば出勤できる。


「タマ~、私ご飯作っておくから後で食べてね」

「……ん、あぁ、サンキュー」


タマはまだ眠いらしい。

眠い人はそっとしておいて、私は急いで朝食を作り食べ終わると、ダッシュで家を出た。



「斉木さん、おはようございます」


「おはよう。体調はもう大丈夫なの?」

「あ、はい。すっかり元気になりました」

「良かった。でも、病み上がりだと思うから無理はしないでね」


「はい、ありがとうございます」


連日休んでいた私に、皆が労いの言葉を掛けてくれた。

まさか猫になっていたなんて言えないから、今日は極力大人しく行動しないと。

部長や主任に挨拶を終えると、自分の机に向かう。


……想像以上に大変な事になっていた。

未処理の伝票や伝言メモなどが置かれていて、これを整理するだけでも時間がかかりそうだった。



「ふぅ……疲れた」


「お疲れ様、先に休憩に行って良いよ」

「はい、ありがとうございます」


あと少しで休憩になる前にやっと処理毎に纏め終わり、一息つくことにした。

席を立つと、見慣れた猫が窓の外から私を見ていた。

まるでこっちに来なさいよ……と言っているかのように。

見ないフリをしようかと思ったが、痛い視線から逃れることが出来ず、仕方なく社外へ出てに会いに行った。



「やっと来たわね」


「ローズさん、何故ここに?タマは家にいますよ」

「知っているわよ。私、貴女に用があって来てあげたのよ」


来てあげたって言われても、私は来て欲しくないんですが。

しかも、私が猫と話しているのを社内の人に見られたら、変な人だと思われちゃうじゃない……。


「用って何ですか?休憩時間が少ししか無いから、長居は出来ませんよ」

「大丈夫よ、すぐに済むから」


ローズさんはそう言うと、私を人気の無い木が密集している場所へと誘導した。



「ローズさん、何かあったんですか?」


「クロノ様、どうしてます?」

「今朝はまだ寝ていたけど……」


「やっぱり……。クロノ様は、貴女の為に力を使って無理をなさったの。早く帰国させないと、大変な事になるわよ」

「それ、どういう事?」


「クロノ様の命が危ないわ」

「命が!?」


私が人間に戻れたのはタマのお陰だった……。

それなのに、私ってば呑気に朝食を作ったり出勤してた。

タマがただ眠いだけだと思ったのに、使っちゃいけない時期に無理に力を放出したから、あんなにグッタリしていたのね……。



「お願い、クロノ様を国に帰るように説得して。私では無理なの」


「でも……タマは帰る気がないみたいだし」


あんなに嫌がっていたのに、無理強いはしたくない。

それなのに私が説得しても聞いてくれるかどうか……。


「それでも説得して。クロノ様の命がどうなっても良いの!?」


「それは嫌。……わかった、お願いしてみる」

「良かった。それじゃ、お願いね」


ローズさんは言いたいことだけいうと、何処かへ行ってしまった。


「はぁ……、どうすれば良いの」


ローズさんの話を聞いて、ため息しか出なかった。

タマの現状を知った今は、呑気に対応していた今朝の私を叱ってあげたい。



休憩から戻ったけれど、タマの事が心配で仕事に集中できない。

何がなんでも別れを告げなくてはいけない。

とても寂しいけれど、命に関わる問題だって聞いてしまっては……無理にでも帰国させなくては。

そう決心した私は席を立ち上がると、主任の席へとそーっと歩みを進めた。


「……あの、主任。やっぱり具合が悪くて……早退しても大丈夫ですか?」


「……あぁ、そうだな。顔色も悪いし、帰って良いよ」

「……ありがとうございます」


主任に言われるまで自分の顔色には気が付かなかった……お陰で誤魔化せたけれど。

私は机の上を片付けると、家路を急いだ。



「タマ、タマ~!」


玄関から急いで家の中に入り、タマの姿を探した。

いつもならソファに寝ているのに……。

もしかして、まだ寝室?

しかし寝室に入ってみても、タマの姿はなかった。


「弱った体でどこに行ったんだろう……」


家中探してもタマはいない。

もしかして、ローズさんが迎えに来て帰ったとか?

……ううん、タマは黙っていなくなったりしない。

私はそう信じたかった。



カタッ……。


タマが見付からず居間で呆然としていた時、微かに隣の寝室から音が聞こえた。

私は驚き立ち上がると、音がした部屋へそっと近付いた。


「タマ、ここに居たのね。凄く心配したんだから……」

「……あぁ。ここなら邪魔されないから」


「邪魔って……、家には私しかいないのに」

「……だな」


さっき見たときはいなかったのに、ベッドの下からちょっと顔を出して申し訳なさそうにしていた。



「ねぇ、タマ……お願いがあるの。聞いてもらえる?」

「何?内容によるけど聞いてやるよ」


「大事な事だから、絶対にお願いを叶えてくれないと困るんだけど」

「……わかったよ。で、何?」


「自分の国に帰って欲しいの」

「………………」


タマは驚いていた。

私だって、自分でこんな事言うなんてどうかしてると思った。

だけど、私の我儘でこの世界に残って欲しいだなんて言えない。

自分の気持ちより、タマの命の方が大事だから……。


「その願いは、叶えられない……」


「どうして?わかったよって言ってくれたでしょ?約束を破るなんて酷いよ」

「美羽……お前」


タマを困らせている事は十分承知している。

それでも、私は叶えて欲しいと懇願した。

凄く胸が苦しくて、目頭が熱くなって……泣きそうだった。

それでも視線を外さずに、タマを見続けた。

もう会えないかもしれないから……。



「俺が国に帰るには、王子としてではなくローズの家の者として帰る事になる。その意味が解るか?」


ローズ家の者として?

それじゃ、ローズさんの家の婿としてじゃないと帰れないって事?


「だからローズさんがタマに会いに来ていたの?」


どんな理由であれ、愛する王子と結婚できるんだもの、頑張っちゃう……か。


「その方法しか帰る術がないからな。だが俺は……そんな事をしてまで延命したくはない。命が尽きるまでこの世界に居たいんだ」


どうして……?

国に帰って結婚したとしても、また戻ってくれば良いじゃない。

命があるからこそ、この世界で暮らせるのに。



「それでも……私はタマに生きていて欲しい。だから、国に帰って。お願い」


「……ごめん。何度言われても、その頼みだけは無理だ。だから、俺を帰すことは諦めてくれ」


タマは再びベッドの下に入ってしまった。

もうこれ以上は話したくはないみたい。

命を掛けてまで、この世界に居たい理由は何だろう。

ローズさんと結婚したくないから?

王子ではなくなってしまうから?

それとも、他に何か大切な理由があるのだろうか……?

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