第18話 美羽の苦悩。その1

「……はぁ」


私は悩み続けている。

何を悩んでいるかというと……。


「美羽、ため息吐きすぎだろ」

「だって、この状況じゃそうなるでしょ。まだ猫のままなんだよ!」


そう、私はまだ人間の姿に戻れていない。

猫のままじゃ仕事に行けないから、具合が悪いとタマに代わりに電話をしてもらって休んでいる状態。


だって、私は猫語しか話せていないし……。

前回……猫になってしまった時は、場所がタマの国と近かったからか、力を使うことが出来たので大丈夫だった。

だけど、今回は満月まで二週間もあるから力を使うことすら出来ず、私は猫のまま暮らすしかなかった。


「休養だと思って諦めろって」


「仕事に支障が出るなんて、入社以来初なんだから。これもタマが勝手に私を猫にしたからだよ」

「はいはい、それはすみませんでした」


タマはお気楽に言っているけれど、私にとっては大事。

もう二日も休んでいるし、ただでさえ忙しい時期なのに、二週間も休むなんて事が出来る筈がない。

休んだ分、復帰した時の仕事量を考えるだけでも恐ろしかった。



「あら、人間に戻る方法ならあるわよ」


「えっ、それ本当!?……って、いつの間に家の中に入ってきたのよ」


嬉しい言葉に反応して振り返ると、タマの元?婚約者のローズさんがどや顔で登場した。


「私、困っている貴女に良い話を持ってきてあげたのに、そんな言い方をして良いのかしら?」

「えっ、あっ……っと、ローズさん、いらっ……しゃい」


「はぁ……、面倒なのが出てきたな」

「クロノ様、再びお会いできて嬉しいですわ」

「俺は嬉しくない」


「……私は無視か」


せっかくローズさんを笑顔で迎えてあげたのに、タマの方しか見ていない。

愛しの婚約者様がいるから、それは仕方が無いけれど。

精神疲労している中、ローズさんの登場が吉と出るか凶と出るか、それは神のみぞ知る……。


「それで……人間に戻る方法って、どんな方法なの?」


「私がタダで教えるとお思いですの?」


「……良いところのお嬢様が言うセリフじゃない気がする」

「あぁ、そうだな」


上から発言は置いといて、裕福なんだから庶民からお金を取ろうなんて考えは止めて欲しいんだけど。


「……こ、こほん。そう言う意味じゃありませんわ。教えてあげるけれど、条件がありますの」


条件?

どや顔で言う感じからすると、私にとって良い条件では無さそうだよね……。


「クロノ様を国に帰す事よ」


「国に?でも、後継者以外は戻れないって聞いたけど……」

「そうだ。俺は兄上と違い後継者ではないからな、国には戻れない」


だからタマは国を出てこの世界に来たんだし。

戻る方法も分からないって言っていたのに。

それなのに、どうやって国に帰すの?


「貴女、考えが甘いわね。誰がクロノ様を一人で帰すって?私がいれば帰れるのよ」

「そうなの?」


「いや、それでも無理だろ」

「だよね……」


そんな簡単な方法なら、タマが最初から頼んでいるだろうし……。


「もしタマが国に帰れたとしても、私はどうやって人間に戻れるの?」


「クロノ様が国に戻れば、力が取り戻せるでしょ」

「……どういう事?」


「私と共に帰っていただければ、わかることよ」


タマが国に戻ったくらいで簡単に力が復活しちゃうものなの?

国のモノを食べたり飲んだりすれば良いのかな?

それならば早くタマを国に帰して復活したら、また私の世界に戻ってきてもらって、人間に戻して欲しい。


「……お前、何を考えている?俺は国には戻れないって何度も言った。美羽に偽りを言うな」


「偽りではありませんわ。本当は国に帰る唯一の方法を、クロノ様もご存知の筈です」


「…………」


「タマ、それ本当なの!?それなら今すぐ帰るべきよ」


タマだって帰りたいって思っていただろうし、私も元の姿に戻れるし、一石二鳥じゃない。

それなのに、何故かタマはその方法を言うのを躊躇っている。

ただローズさんと国に帰るだけじゃないの……?


「クロノ様、さぁ……私と共に国へ帰りましょう」

「嫌だ。美羽には申し訳ないが、俺はその条件だけは受け入れられない」


「そんな……せっかく元の姿に戻れると思ったのに」

「……ごめん」


「クロノ様、そんなに私の事が嫌いなんですか!?」

「そうだ。だから、もう二度とこの話を持ち出すな」


「いえ、私は諦めませんわ」


結局、ローズさんの提案を受け入れなかった。

タマが嫌がる事なので、これ以上は何も言えない。

でも、私がずっと猫のままで暮らさなくちゃいけないと思うと、とても複雑な気持ちだった。


結局、ローズさんはタマに根負けして帰ってしまった。


「……美羽、本当にごめん」

「もう良いよ。タマが嫌な事なんだろうし、無理強いはしないから」


「……この償いは後でするから」

「期待はしないで待ってるよ」

「あはは」


タマが何度も謝るから、気の毒になって許してしまった。

もうこうなったら二週間だけ猫生活をしてみるのも悪くないって、ポジティブに考えることにしたから。



「腹減った」


「私も……。だけど、何か食材あったかな」


冷蔵庫を開けてみると、それなりに食材はある。

だけど、猫の姿では包丁が持てないし、火を使う料理ができない。


「おぉ、結構あるな」


「うん、でもこの姿では調理ができないよ」

「……生のまま食べるしか無いだろ」


「何かそれって嫌だ。冷凍ご飯と残っている味噌汁があるから、鰹節かけて猫まんまにしようかな」

「それ、俺も食べたい」


「良いよ。じゃ、作ろうか」


思わぬご馳走に、私達は勢いよく食べてしまった。

普段食べない料理?だからか、とても美味しかった。

でも、このままだと食材が尽きてしまう。

買い物は行けないし、まだ難題が山積みだなぁ……。

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