第17話 ライバルは婚約者!?その4
「あっ、湖に出た」
自分の勘に頼らず、ここまで来れたことを風に感謝したい。
だけど、この場所にタマがいる気配はない。
「タマ~、何処にいるの?」
呼んでもいる筈がない。
きっとここはタマがいる場所の対岸だ。
小舟は無いし、景色が全く違う気がするから……。
元の場所へ戻るにも、私が動くと辿り着かない可能性が高い。
ここはタマに動いてもらうしかない。
「タマ~!、タマ~!」
私は対岸まで声が届きますようにと祈りを込めて、名前を呼び続けた。
「……美羽、迷子になったのか」
「うわっ!?」
「……来てやったのに、驚くとは失礼なやつだな」
「いや、だって……キャットが急に現れたから」
「俺を呼んだだろ」
「……ですよね」
タマが来ると思っていたのに、まさかのキャットが登場した。
嬉しいような、申し訳ないような気持ちになり、キャットの目を見ることが出来ない。
だってチラッと顔を見たけれど、すごく不機嫌なんだもの。
タマが怒るより、キャットの方が恐いみたい……。
「全く……いつまでも待たせるし、待たせたあげく俺を呼ぶし。で、見つかったのか?」
「……いいえ」
「だよな、何も持っていないし」
「あははは……」
「笑って誤魔化すな。ほら、行くぞ」
「えっ!?」
キャットは私の手を引き、湖の中へと入っていく。
もしかして、このまま小島まで泳ぐの?
私が動揺しているのに、キャットはずんずんと進んでいる。
泳ぎは出来るから構わないけれど、服のままだし着替えもないし、水がかなり冷たいんですけど……。
もう膝の辺りまで水に浸かっている。
だけど、それだけ。
湖の深い方へと進んでいる筈なのに、それ以上は体が沈まない。
例えるなら、まるでウォーターベッドの上を歩いているような、不思議な感覚だった。
「ね、キャット……これ、どういう事?ちゃんと湖の下が見えるのに、まるで見えない床があるみたい」
「……俺の力。人間二人分はキツいんだぞ。これ以上話し掛けるなよ、集中力が落ちて沈む」
「……あ、はい」
ここで急に落とされるのだけは勘弁して欲しい。
今だって膝下が冷たい状態なのに、沈んだら……あぁ、考えただけでも恐ろしい。
「ふぅ……さすがに慣れないことをすると疲れるな」
「キャットのお陰で、小島に着いたね」
「だな」
小島といっても、思ったよりはそんなに小さくはなかった。
学校の運動場くらい?
それよりは少し広そうだけれど、草木が生い茂っていて、何かありそうな雰囲気は醸し出していた。
「キャット、力を使っちゃって大丈夫?結構疲れていそうだよ」
「大丈夫じゃないな。帰りは泳ぐか……」
「げっ……冗談でしょ?」
「いや、大真面目だけど」
「あははは……」
冗談だと言って欲しかったのに、どうやら本気らしい。
水温が低いのに泳ぐだなんて、無茶な気がするのは私だけでしょうか……。
「美羽、のんびりしていないで探すのを手伝ってくれよ。このままだと暗くなって帰れなくなるぞ」
「う、うん。でも……何を探せばいいの?」
手伝うにしても、何を落としたのか聞いてなかった。
ここまで来て見つけなくちゃいけないならば、凄く大切なものなんだよね。
「あ……そうだな。とりあえず、これを食べろ」
「それって、クッキー?お腹空いたの?」
「良いから食べろ」
「……わかった」
もしかして、腹が減っては戦はできぬ的な感じ?
キャットがポケットから包みを取り出し、その中に入っていたクッキーを2枚、私に差し出した。
「食べ終わったか?」
「うん」
「よし、今度は探せるな?」
「う、うん……」
「それじゃ、よろしく」
「えっ?あ……ちょっと待って……って、もう姿が無いし」
キャットは私の返事を聞くとタマの姿に戻り、サッと姿を消してしまった。
甘いものを食べたし、少しは元気が出たから探せるけれど、どんなモノを見付ければ良いか特徴すら教えてはくれなかった。
「……何処をどう探せば良いのよ」
とりあえず、草むらや木の根元とか細かく見ることにした。
特に植物とかしか木の実とか、この小島にありそうなものしか目にしていない。
しかし、タマと別れた場所から探し始めて2~3分経った頃、急に景色が一変してしまった。
「これ、どういう事!?」
また……植物の大きさが違って見えていた。
これは、少し前に体験した事がある。
何となく嫌な予感がして湖に駆け寄り、水面を見て自分の姿を確認した……。
「……また猫になってる」
手も足も……もふもふの毛があるし、尻尾までしっかり付いている。
何度確認してみても、人間の姿は何処にも見当たらない。
正真正銘の猫だった。
「もしかして、さっきのクッキーのせい?」
私を猫にする為に、キャットが私に食べさせたのね。
でも、この姿で探すってどうやるの……?
地道に草むらをかき分けるしか無いんだろうけれど、大きさが小さくなった分、時間がかかりそう。
早くしないと日が暮れちゃうから、タマを呼んでいる場合でもない。
仕方なく脱ぎ捨てられた自分の服をそのまま放置し、探索を再開し始めた。
猫の私は人間の時と違って、嗅覚が鋭くなっていた。
草木の匂いや、水辺の匂い、風の匂いまで感じていた。
猫の嗅覚の凄さに感心していると、とても良い香りが風に乗って流れてきていた。
「これって、何の匂いだろう……知っている匂いのような気もする」
思い出せそうで思い出せないのって、気持ちが悪いのよね……。
私はそのモヤモヤを解消したくなり、匂いがする方へゆっくりと向かっていった。
「ん……何処だろ」
匂いは近い筈なのに、その匂いの元が見付からない。
何故か気になるんだよなぁ……この匂い。
何だったっけ?
「あ~、もう!もう少しで思い出しそうなのに」
絶対に知っている匂いなのに、何で思い出せないんだろう。
これが思い出せれば、探し物も見付かる気がしていたのに……。
「……おい、煩いぞ」
「あっ、タマ」
「そんな所で何をやっている。早く探せって」
私が騒いでいたからか、タマが何事かと近寄ってきていた。
しかも、とても不機嫌な顔で。
「ちょっと気になる匂いがあるの」
「気になる匂い?」
「うん、知っている匂いなのに思い出せなくて……」
「…………」
タマは探し物が見付からなくてイライラしているみたい。
でも私の言葉を聞いてからは、急に真面目な表情になり、周辺の草むらをガサガサと探し始めた。
「……あった。やっと見つけた」
「見つけたの!?」
「あぁ」
タマが地面に落ちていた探し物を手に取ると、微笑んだ。
「何を落としていたの?」
「これだよ」
タマは握っていた手を広げ、そのモノを見せてくれた。
それは、ピンキーリングくらいの小さな指輪で、清んだ青の綺麗な宝石が付いていた。
「指輪を探していたのね」
「あぁ、母上からいただいた大切なものだ。首のチェーンに着けていたのに、いつの間にか無くなっていたんだ」
「そうだったんだ」
そんなに大切なものならば、探すのも一生懸命になるよね。
タマは見付かって凄く嬉しそう。
本当に良かった。
「美羽を猫にして正解だったな。こんなに早く見つかるならば、最初からそうしておけば良かった」
「……ちょっと、私を何だと思っているの?勝手に猫にされて、私は被害者なんだからね」
全く、自分は最初から猫だから不自由は無いだろうけれど、私は人間なんですからね。
服だってその辺りに置きっぱなしだし、急に元に戻ったりしたら大変な事になっちゃうでしょ。
「黙ってした事は謝る。俺が悪かった、ごめん。だけど、そのお陰で見つかったんだから許してくれ」
「……それって、謝ってるの?」
「勿論だ」
何だかごり押しで言われているだけで、謝られている感じがしないんだけど……。
「ねぇ、自分だって猫になったんだから見つけられるのに、何故私にもそうしたの?」
「俺は自分で自分の匂いが分からないからだ。美羽ならいつも俺の側にいるし、俺の匂いを見つけられると思ったからだ」
「……なるほどね」
さっきの匂いはタマの匂いって事だったんだ。
それなのに思い出せないって悩んでいたなんて……。
「これでようやく、この指輪を婚約者に渡すことが出来る」
「婚約者に?」
「あぁ、これが約束の印になるんだ」
「そっか、良かったね」
「あぁ、美羽のお陰だよ」
タマは嬉しそうに指輪を眺めていた。
私はタマが喜ぶ為にした事なのに、それがあの婚約者に届けられる為だったと思うと、何故か胸がチクリと痛んだ。
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