第16話 ライバルは婚約者!?その3

今日はタマは猫の姿のまま。

満月までまだ日数があるから、キャットになるのは無理そうだよね。

散歩の行き先もわからぬまま、タマの後についてゆっくりと歩いていた。


「タマ、今日は何処に行くの?」


「……無くしたモノを見つけに行く」


「無くしたモノ?」

「……あぁ。ずっとソレに気が付かなかったんだけど、もうすぐ見つかりそうなんだよ」


「それって、何処かに落としちゃったって事?」

「ん、ある意味そうかな。行ってみればわかる」


ある意味?

今まで気が付かなかったなんて、意外と忘れっぽいのかな?

私を誘ったのなら、危険な場所ではないんだよね。

探す為に神経を研ぎ澄ましているみたいだし、黙ってあげよう。

それにしても、一体何を無くしたんだろう……。



「ここだ」


「ここって、この間来た野原?」

「いや、別の場所だよ。でも、ここは美羽の世界の野原だ。特に不思議な場所でもないから安心していい」


「そうなんだ。似ているから同じ場所かと思っちゃった」

「俺と来た場所くらい覚えておけよ」


「だって、地理を覚えるのが苦手なんだもん」

「美羽の暮らしている土地なのに、俺の方が詳しいって……」

「ごめんなさい」


私って一度来たくらいじゃ覚えられないから、似た場所だと区別がつかないのよね。

それを知っている人なら『またか』くらいで済むけれど、呆れられちゃうか幻滅されたこともあったな……。



「まぁいいよ。ここから森の方へ行くぞ」

「あ、うん」


野原を進んでいくと、森に入っていった。

普段人が入らないみたいで、特に道というものが無いのにずんずんとタマは進んでいく。

猫だからすんなり行っているけれど、私は草や木々をかき分けて進んでいるからなかなか進めない。


「美羽、遅いぞ」

「ちょっとくらい待ってよ。道が無いから、ついていくのだって大変なんだから」


「わかったよ。少しゆっくり行ってやる。でも、あまりにも遅いと置いていくからな」

「ありがとう。でも、散歩って行ったのに森に来るなんて聞いてないし」


前もって教えてくれていたら、それなりに装備も服装も考えたのに、気を付けて進まないと蛇とか違う生き物とか出てきそうだし、猛獣とかに出くわしたらどうするのよ。



「美羽、見てみろ」

「わぁ、大きな湖だ。綺麗~」


私が住む場所にこんな湖があったなんて、またまた新発見。

地理が苦手な私は、この土地の地図に載っていたかどうかも覚えていないけれど、またまた素敵な穴場が見付けられたと喜んでいた。


「文句を言っていたけど、来て良かっただろ?」

「うん」


「それじゃ、もう少し行くぞ」

「えっ、あっ……はい」


ここが目的地かと思ったのに、まだ先だったらしい。

タマは湖沿いを歩き、さらに進んでいた。

もう少しこの景色を見たかったのに。



湖の側だからか、風が吹くと気持ちがいい。

歩きすぎて疲れてきたけれど、その風が心地よくてそれすら忘れさせれくれた。


「おっ、あった」

「えっ……見付けたの?」


タマが嬉しそうに先を急ぐので私もついていくと、木で出来た小舟が岸に繋いであった。

タマは、その小舟の周囲や中を念入りに調べていた。

ここで探している『無くしたモノ』を落としたのだろうか?

でも私が見る限り、何も落ちている様子は無い。

動き回っているタマに話し掛けるのも悪いので、調べが終わるのを大人しく待っていた。



「……美羽、この船を動かす事は出来るか?」


船を動かす?

それは私が船を押し出し、湖に浮かべて漕ぎ出すという意味だと思う。

タマと私を比べると、適任者は私しかいないだろう。

だって、タマは猫だし。

でも、私はごく一般的な人間の女性。

エンジンもオールも無い小舟を、非力な私にどうやって動かせと?

何処かで板でも拾ってくる?

それとも、木を削って作ってみる?

いやいや、作るとしてもそんな道具は何処にもない。

賢い人や体力に自信がある人ならともかく、私にはどう考えても無理な頼みだった。



「タマ……この小舟に乗って何処に行くの?」

「あそこ。湖の中央に小島が見えるだろ?そこまで行きたいんだ」


「……泳ぐにはちょっと遠いね」

「夏じゃないんだから、泳ぐなんて無理だし。濡れたら風邪引くだろ」

「……ですよね」


やっぱりこの小舟は必要らしい。

これをどうやって動かせば良いのか。

魔法でも使えれば、パッと動かせそうだけど。

あいにく、私は魔法使いではない。

やっぱりオールの代わりになるものを探してくるしかないかな……。



「ちょっと探してくるから」


「探してくるって……何を?」

「その小舟を動かせるもの」


「わかった。ここで待っているから、迷子になったら俺を呼べよ」

「うん」


一緒に探してくれると思ったのに、あっさり見送られてしまった。

もし見付けてもタマは重いものは持てないけれど、ついてきてくれても良いのにな……なんて思いつつ、森の中に落ちている木を探し始めた。



探し始めて数十分……適当なものは見付からず、諦めて来た道を歩いていた。


ガサッ、ザザッ……。


何かが私の背後を通り過ぎた。

きっと気のせいだ……と思いたかったが、しっかり音が聞こえた。

嫌な予感がしたので、早足でタマの元へと更に急いだ。


が……私は忘れていた、道を覚えるのが苦手なことを。

戻っていると思ったのに、見たことがない景色ばかりで、いつの間にか湖から遠ざかってしまっていた。



「まずい……迷子になっちゃったかも」


タマの所に戻ろうとしているのに、全くそんな気配すら見えない。

とにかく、湖の方へ向かわないと。

でも自分の方向感覚に頼ると、また迷ってしまう気がする。

携帯ののGPS機能を使おうとしたけれど、ここは圏外で機能しない。

原始的に太陽を見て方角を見る方法を……。


「あぁ~、見ても全くわからない!」


私には、太陽の角度から位置や方角を知るなんていう知識も無かった。

だって……学ぶ必要は無いと思ったし。

とりあえず、気分を変える為にも風が吹いてくる方向に行くことにした。

もう、どうにでもなれ!だよね……。

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