第14話 ライバルは婚約者!?その1

「美羽、窓の外を見て……」


「あっ、ぶち猫だ。社長の飼い猫ですか?」

「違うと思うよ。野良猫かな?さっきからずっと見てるんだよね」


斉木さんが小声で話し掛けてきた。

猫嫌いの橋田さんに見付かると、大騒ぎしそうだもんね……。


「お腹空いているとかですかね?」

「美味しい匂いなんてしないのにね」


何が面白いのか、暫く私達を観察するように部屋の中を覗いていた猫は、気が付くと姿を消していた。


「ぶち猫、また来てるよ」


「あっ、本当ですね。もしかして、人間観察が趣味の猫でしょうか……?」

「そんな趣味の猫がいるの?」


「いるかもしれないですよ。だって、これで1週間連続ですよね。あの忙しい橋田さんが猫の視線に気が付いちゃって、慌てて事務所から逃げた事件もありましたし……」

「……だね」


あの時は、橋田さんが猫が見える事務所に戻るのを拒否しちゃって、大変だった。

部長がこれじゃ仕事にならないからって、猫が見えないように事務所の窓のブラインドを全部閉めてしまったのよね……。

でも、結局はその対処法でも無理だったみたいで……。


「橋田さん、大丈夫ですかね?」

「多分ね。猫がいるからって理由で休むなんて珍しいけれど、こればっかりはどうにもならないからね」


猫を追い出しても戻ってくるし、捕まえて保健所に……なんて可哀想だし。

会社で飼うなんて事も無理だしね。


「先輩、私は猫派です。だから、安心してくださいね」

「相原……私を安心させたいなら、ちゃんと仕事してね」

「はぁ~い」


……相原さんが久しぶりに私達に会話してきたと思ったら、全くの検討違いな発言をしてきた。

それでも斉木さんは、即笑顔で見事な返しで対応。

私は呆気にとられて返事が出来なかった。



「お疲れ様でした」

「美羽、お疲れ様。また来週」

「はい」


金曜日の退勤時間になった。

何故かこの日はぶち猫が現れなかった。

そのお陰か、復活した橋田さんがいつも以上に張り切っていて恐かった。

今日が週末で良かったと皆が思っていたに違いない……。


「ぶち猫、何処に行ったのかな……」


そんな事を呟いた私がいけなかった。

猫の安否を心配した途端、何処からともなくぶち猫が現れて私の側へ寄ってきたのでした。


いつもは窓越しに見ていただけだから気が付かなかったけれど、毛並みは良いし花の香りがしている。

きっと、裕福なお宅か猫好きのお宅で飼われている猫かもしれない。


「ぶち猫さん、あなたは何処の家から来たの?」

「にゃ"~」


「猫に睨まれた……」

「にゃ~」


目付き悪いし、性格が悪そう。

話し掛けただけなのに、『何を言っているの、この人間は……』みたいな感じで馬鹿にされたかも。

随分と気位が高そうだし、見下されている気がするのは気のせいかなぁ……。


「ぶち猫さん、何か私に言いたいことでもあるの?」

「にゃ~、にゃ~」


「何を言ってるんだろう……。私は猫語がわからないのに」

「……にゃ」


私を嫌っている感じがするのに、何故かずっとついてきている。

何かを訴えているけれど、猫語は全く理解できない。

ここは同類のタマに頼んで、このぶち猫の話を聞いてもらうしかないか……。


「ただいま~」

「美羽、おかえり」


結局、私のアパートまで来てしまったぶち猫。

無理矢理入ろうとしていたけれど、ドアの外で待っていてもらった。


「タマ……ドアの外のぶち猫さんの話を聞いてもらえない?何か言いたいみたいなんだ」


「……ぶち猫?」


「うん。ずっと会社に居着いていたの。だけど、今日は何故か私から離れなくて、ここまで来ちゃって……ね」

「わかった。その猫は俺に任せて、美羽は着替えてこい」

「うん、ありがとう」


良かった、これで無事に解決よね。

さてと、私は着替えて夕飯の支度しようかな。


さてと、今日の夕飯は……と。

ツナと玉子のサラダとオムライス、そしてチキンスープ。

デザートは安売りで買ったプリン。


「まずは、ご飯炊かなくちゃね」


タマは猫だから魚尽くしが良いのかと思っていたけれど、肉もしっかり食べる。

姿は猫なだけで、中身は人間と同じなんだぞ……だって。

魚料理にして気を使ってあげていたのに、それなら最初から言ってくれれば良かったのにって言い返したけどね。


「……にゃ~!」


「しつこいぞお前、自分の家に帰れよ」

「にゃ、にゃ~!」


まだタマとぶち猫さんは話してたのね。

タマの声が大きいから、近所迷惑にならないと良いけど。


「もう俺の前には現れるな」

「ん?……今、怒った声が聞こえたような。もしかして、話がこじれているのかな」


私が帰ってきてから30分は経っている。

あとはご飯が炊き上がるのを待つだけだけど、まだ時間かかるのかな……。



「にゃ~!」

「……何度言われても、俺は帰らない」


「にゃ、にゃ、にゃ~」

「誰が婚約者だ。俺は家を出た身、そんな約束なんて既に白紙になっているだろ」


……ん?帰らない?

それに、婚約者って……。

話から推測すると、ぶち猫さんはタマと同じ故郷の猫で連れ戻しに来たって事よね?

タマは嫌がっているけれど、でも……ただ強がっているだけかも。

本当は帰りたいと思っていたんじゃないかな……。


「……タマ、夕飯出来上がるから食べよう。良かったら、その……ぶち猫さんもどうぞ」


「……にゃ」

「美羽、お前の作った庶民料理なんて食べたくないってさ」

「あはは……そうですか」


「にゃ~」

「……お前ついてくるな」

「にゃ?」


ぶち猫さんは、私の事が嫌いみたいね。

タマに振り払われているに、知らないフリをして一緒に家の中に入ってきちゃた。

それでも、家主の私とは一切目を合わせようとはしなかったけど。


「タマ……ぶち猫さんと知り合いだったのね」

「あぁ。コイツも王族なんだよ。ローズ・ブラウンって言うんだ。ちなみに、知り合いというか元婚約者だけどな」

「……ははは、そうだったのね」


だから気位が高くて、庶民の食べ物は食べたくないって言っているのね。

それにしても、元婚約者って……今は別の人でもいるのかな。


「そうよ、私はクロノ様の婚約者なの。だから、私を敬いなさい」

「……お前な、俺の家主に無礼だぞ」

「いいえ、無礼ではありませんわ。貴いクロノ様をこんな小屋みたいな家に住まわせる事こそが無礼です」


……私の大切な住まいを小屋って。

王族が住む家と庶民の家を比べる方が無礼だと思うけど。

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