第12話 恋せよ乙女。その3
「また会いましょう」
「はい、是非」
「ホワイト、気を付けて帰るんだよ」
「えぇ、ありがとう」
ホワイトさんは、猫とは思えない素敵な笑顔で森の方へ歩いていった。
あっちの方に帰る為の門があるみたい。
「あっ、言い忘れていたわ。美羽さん、私の可愛い弟を宜しくね」
「えっ……あっ、はい!任せてください」
別れの間際に驚きの真実を告げるなんて、反則だ。
ホワイトさんが、キャットのお姉さんだったなんて……。
早く教えてくれたなら、もっと違う対応が出来たのに、思わず『はい』って返事しちゃったじゃない……。
「美羽、良い返事だったな。という訳で、俺を宜しくな」
キャットは意地悪い顔をすると、猫の姿に戻ってしまった。
「宜しくって、何をするのよ。あれは反射的に返事しちゃっただけなのに……」
「はぁ?俺の姉さんに適当な返事をしたのかよ……信じられないな」
「そ、それはタマがちゃんと教えてくれないからでしょ。私は悪くないもん」
「……開き直りかよ」
「そうよ」
私の返事にタマは呆れていたけれど、変な対応をしなかっただけありがたいと思って欲しい。
「そうか、それなら俺にも考えがある」
「考えって、何よ」
タマは不適な笑みを浮かべて私に近付いてきた。
猫の姿だから怖くはないけれど、嫌な予感しかしない……。
「覚悟は良いか?」
「か、覚悟って何よ」
まさか……今から全力疾走でいなくなって、私を置いて先に帰るとか?
それとも、もうここには連れて来ないとか?
タマが何を考えているかわからないけれど、悪いことしか思い浮かばなかった。
「あ、あれ?」
タマが目の前まで来たと思ったのに、急に姿を消してしまった。
周りを見ても、何処にもいない。
本当に置いてきぼりに……された?
「タマ、冗談は止めて戻ってきてよ!私、帰り道を知らないのに……」
「タマ、何でも言うこと聞くから、だから早く戻ってきて!」
何度叫んでも、タマは姿を現さなかった。
覚悟って、これだったんだ……。
「キャット、お願いだから一人にしないでよ……」
本当に置き去りにされてしまった。
なんて酷い猫なんだろう。
意地悪や毒舌を言うけれど、本当は良い猫だって思っていたのに。
これだって、ただの悪ふざけだと思っていたのに……。
私、どうやって帰ればいいの?
この広大な野原にポツンと取り残された私は、どうすることも出来ず、ただただ泣くことしか出来なかった。
気が付くと周囲は暗くなっていた。
そうなると、余計に心細くなる。
明かりと言えば、夜空の月や星、それと手元にあるスマホのライトの明かりだけ。
せめて家でもあれば一晩でも泊めてもらうのに、それすら無い。
ぐぅ……。
我に返るとすっかり空腹になっている事に気付き、まだ残っていたテーブルの上のお菓子やマフィンを食べた。
「ここで一晩過ごすしかないか……」
そんな事まで思い始めた時、背後から視線を感じた気がした……。
ザッ、ザッ、ザッ……。
草をかき分けて誰かが此方へやってくる音がしている。
音からして、小さい生き物ではない。
人間?
ううん、ここは異世界だって言っていた。
だからそれはあり得ない。
それなら、何がやって来るのか……。
いくら暗闇に慣れた目でも、その存在を認識することは出来なかった。
ここは広い野原。
隠れる場所と言えば、背が高くなった草むらだけ。
とりあえず、音を立てないように椅子から立ち上がると、音がしている反対方向の草むらの方へと小走りで逃げた。
「……人間の臭いがしたと思ったのに、居ないじゃないか。さては、俺以外のヤツが喰ったか。久しぶりの獲物だと思ったのに、タイミングが悪かったか」
……人間を喰った?
もしかして今そこにいるのは、私を狙って来た化け物か何か!?
そんな恐ろしいヤツがいるのに、私を置いていったの?
うまく逃げられたから良いけれど、もしかしたらここで私の人生が終わっていたかもしれない。
今度タマに会ったら、説教して家から追い出してやる……。
「……まだ臭いが残っているな。ん、原因はこれか。人間の女の服。全く、こんな物だけ残していくから惑わされたんだな。他に人間の臭いはしないし、諦めて帰るか」
謎の化け物は収穫が無かったことにガッカリしつつ、来た方向へと帰っていった。
「はぁ……助かった」
もう気配は無いみたいだし、安心だよね。
そういえば、さっきいた場所に女物の服なんて置いてあったっけ?
私の服は脱いでいないし、一体どういうことだろう……?
カサ、カサッ……。
また何が来た音がした。
しかも真っ直ぐこっちに向かってくる。
何者かわからないし、とりあえず逃げるしかない。
しかし、さっきの出来事が今頃恐ろしくなったのか、力が入らず動くことが出来なかった。
音は目の前まで来ている。
……もう、ダメだ。
私は覚悟をし、音がする方を睨み付けた。
「美羽か?無事で良かった」
「タマ、何処に行っていたのよ!すごーく怖かったんだからね」
「ごめん、少しお仕置きをするつもりでいたんだけど、ちょっとアクシデントが起きて……戻るのが遅くなった」
「何があったの?急に姿を消したから、置き去りにされたかと思っちゃったのよ」
「それは……後で機会があったら説明するから。とりあえず無事で良かった」
アクシデントって何だったんだろう?
話せない内容なら、無理には聞かないけれど……。
わざと私を置き去りにしようとした訳じゃなかったのなら、安心した。
タマに説教してやろうと思ったけれど、何だか大変な事があった様子だったので勘弁してあげた。
「……ね、さっきから違和感があるんだけど」
「何だ?」
「……変な感じがするの」
「例えば?」
「来たときと景色が違っていない?」
夜になったからとかじゃなくて。
何ていうか……うまく説明出来ないんだけど。
「あぁ、確かに違うかもな」
タマは私の反応を見て面白がっている。
もしかして、知っていて答えをくれないの?
「ね、勿体振らないで教えて。この違和感は何?」
「美羽、こっちに来て水面見てみろよ」
「水面を?」
タマに案内された小さな池を見てみると、水面に綺麗な月が映っていた。
そして、タマとその隣には初めて見る猫がいた。
「見えたか?」
「うん、でも……私が映ってないよ。人間は映らない特殊な池なの?」
「いや、そうじゃなくて……美羽もちゃんと映っているだろ」
えっ、そう?
どこをどう見ても私が見えないよ……。
「美羽、まだ気が付かないのか?」
「何が?」
「自分の手……見てみろよ」
「手?」
「そう、手」
私の手って、特に変わった所は無い筈だけど……。
「……な、何これ!?私の手が、モフモフになっているし、肉球まである!これって、どういう事なの?」
「美羽も俺と同じ猫になったんだよ」
「ね、猫!?じゃ、さっきの猫って……私なの?」
「あぁ、そうだよ」
そうだよ……って、タマはすごく楽しそうにしているけれど、私は楽しくないし。
それより、いつの間に猫にされていたの?
あ、そうか……やっとわかった。
猫だからさっきよ化け物に見付からなかったし、景色が違って見えていたのね。
「私……ずっとこのままなの?」
今すぐとは言わないけれど、元に戻れないと困る。
仕事だってあるし、まだ恋だってしたい。
「いや、元に戻れるよ」
「良かった……」
「俺は美羽が猫のままでも全く構わないけど?せっかくだし、そのまま過ごしてみたら良いんじゃないか?」
タマは意地悪そうにニヤリと笑った。
絶対私が困ると思ってからかっているに違いない。
「……タマ、私で遊んでいるでしょ」
「バレたか」
「バレたか……じゃないよ。どうやって戻るか、その方法を教えて」
例えどんな方法でも、元の姿に戻れるならばやらなくちゃ。
そうしないと、この姿のままじゃ家に帰れないもの。
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