第10話 恋せよ乙女。その1
「命短し恋せよ乙女……か」
「急に物思いにふけって、どうしたんだ?」
「ん、特に意味はないけど、乙女の時間が短いから、恋をしなさいって意味だったんだ……と思っただけ」
今まで、昔の人は短命だから生きているうちに恋しなさいって意味だと思っていた。
何気なくネットで調べたら、そんな感じの意味が書いてあって驚いた。
理解力が足りないな……。
「ふぅん、美羽は恋していないのか?」
「先輩と付き合っていた時は、恋していたよ。でも、今は……そういう人もいないし、したいと思えないかな」
これは建前。
本音は、先輩と同じことを言われてフラれるんじゃないかっていう恐怖心が残っている。
タマに言われるまで気付かないフリをしていた。
私は、恋に対して臆病になっている。
「勿体無いな。そんな気持ちのままだと、チャンスがあっても逃すかもな」
「チャンスがあるのかな」
出会いがあるとしたら、会社と自宅の往復の間だけなのに。
社内の人は……部署内しか出歩かないし、今のところ該当者がいないけど。
「あるだろ。心があるから、恋が出来るんだぞ」
「そういうものなの?」
「あぁ、俺は恋しているぞ」
「えっ、タマに恋人がいるの!?」
「羨ましいか?」
驚いた。
もしかして、近所に美人な猫でもいるのかな。
人間の中でもイケメンだから、猫界でもモテるんだろうな。
「う、羨ましくないよ。じゃあ、今度会わせてね?どんな猫か気になるから」
近所に立派なお宅もあるし、そうじゃなくても飼い主として挨拶くらいはしておいた方がいいよね?
「……俺、メス猫に恋しているって言ったか?」
「違うの?」
「違う」
「そうなんだ……」
なんか猫と微笑ましい恋愛を想像していたから、ちょっとショック。
タマって人間の世界に来たのは最近なのに、もう恋愛をしていたなんて、只者じゃない。
「会いたいか?」
「う、ううん……別に会わなくても良いや」
まさかの人間相手だったとは……。
あのイケメンキャットが美女と恋愛中。
美男美女で絵になるだろうなぁ。
でも、デートする時間なんてあるの?
私が寝てからとか?
もしそうなら、ここから出ていけば良いのに。
「おっ、急に不機嫌になっているけど、もしかして……ヤキモチか?」
「ヤキモチなんて妬かないよ。ただ腹が立っただけ」
「そうか、腹が立ったのか」
「そうよ、文句ある?気分を害したらごめん」
「いいや、全く問題無い。むしろ……」
むしろ……?
何故そこで止めたの?
すごく意味深に聞こえるんですけど。
「何?その先が気になる」
「恋したいと思えない美羽は、気にしなくて良い」
「ムッ、何それ。どういう意味よ」
「そのままの意味だけど」
恋しているからって、上から目線で話さないでよ。
猫のタマに負けている私は何故か惨めな気分になり、言い返す気力も無い。
タマは話を終えたからか、空いているベランダ側の窓から外へ出ていってしまった。
人間の私は、待ちに待った休日なのに出掛ける気が失せてしまい、ソファでふて寝するしかなかった。
ピンポーン……。
タマが出掛けて数時間が経った頃、インターフォンが鳴った。
でも、誰も来る予定は無い。
タマはまだ帰ってきていないけれど、わざわざ鳴らさないよね……。
ドアのスコープから見ても、後ろを向いていて誰だか判別できない。
こういう時ドアフォンがあれば便利なのに、このアパートには付いていないんだよね。
唯一確認出来るのは、カーテンがついている窓からこっそり覗くだけ。
私はおそるおそるカーテンをめくり、訪問者を確認した。
すると、思ってもいなかった人物がドアの外に立っていた。
「ちょっと、そんな格好をして現れるなんてどうしたの?」
「美羽、今から一緒に出掛けない?」
ドアを開けると、キャットが笑顔で私を誘ってきた。
おしゃれをして立っている姿が、まるでモデルさんみたい。
「別に出掛けるのは構わないけれど、キャットは大丈夫なの?その姿ではきついでしょ」
「あれから何日経ったと思っているんだ?今日は満月だから平気だ」
「えっ、そうだった?昼間だから気が付かなかったよ」
そっか、今日だったんだ……。
満月なんて普段気にしていなかったし、月が丸くなってきて綺麗だなぁっていう程度にしか思っていなかった。
「で、どうする?行く?行かない?」
特に今から用事がある訳でも無いし、断る理由は無い。
キャットと出掛けられる機会なんて滅多に無いし、ここは誘いに乗るしかないよね。
「行く。着替えて来るから、中に入って待ってて」
「了解」
さっきまで家にいたのに、キャットってばどうしたのかな。
不思議に思いつつも、ウキウキした気持ちで着替えを急ぐ私でした。
「キャット、お待たせ」
「おっ、その服初めて見た。可愛いじゃん」
「そ、そうかな……ありがとう。前に先輩とデートする時の為に買ったやつだったんだけど、結局着なかった服なの」
先輩に可愛いって言って欲しくて、いつもは着ない小柄の花が入っているワンピース。
それに合わせて、髪に花の飾りのバレッタをしてみた。
「…………へぇ、元カレの趣味か」
「先輩の趣味っていう訳ではないけど、当時は頑張って努力していたかな」
1人になってからは特に見せたい人がいないから、オシャレする気が無くなっていたけどね。
「それ、着替えてこいよ」
「何故?可愛いって言ってくれたのに」
「俺の趣味じゃないんだよ」
「そうなの?」
「あぁ、そうだよ」
「わかった。じゃ、もう少し待っててね」
「あぁ……」
キャットが急に不機嫌になってしまった。
何か嫌なことでも言っちゃったかな……。
とりあえずこれ以上待たせちゃ悪いし、普段着にしよう。
それなら、文句は言われないよね……?
「キャット、お待たせ」
「行くぞ」
「うん」
服はチラリと見ただけで、特に何も言われなかった。
でも、まだ不機嫌なままなキャット。
話し掛ける事が出来ないまま、後に続いて家を出た。
しばらく歩いていると、見慣れない野原が目の前に現れた。
私の地元だからキャットよりは地形を知っている筈なのに、こんな場所があったなんて全く気が付かなかった……。
「ここからもう少し歩くぞ。ちゃんと着いて来いよ」
「あ、うん」
キャットは道から外れて野原の中をずんずんと歩いて行く。
私はキャットとはぐれない様に、一生懸命後を追いかけた。
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