第9話 イケメンさんの正体。その3

「この世界に来て数日後、美羽に出会った。数多く見掛けた人間の中で、唯一惹かれた人間だった。あ、誤解して欲しく無いんだが、好きになったとかの意味じゃないからな」


「あ……うん」


そこは別にわざわざ言わなくてもいいのに。

一瞬、ほんの一瞬だけ期待しちゃったけど……。


「その人間と一緒に過ごしたいと思い、日々観察し続けた。そして、時が来たと感じた俺は、美羽に話し掛けた」


「あの日の夜ね」


「そうだ。そして一緒に暮らし始めた。そして、そのうち、人間になって何かしてあげたいと思うようになった」


それが……キャットの人間の姿なのね。



「人間になれる能力は、体力と精神力をかなり消耗するんだ。でも、満月の日だけは……月の力を借りる事が出来るから、苦じゃないんだ。1日中、人間の姿になれる」


「そっか、だから……タマは疲れていたのね」


「あぁ。自分の世界にいる時は能力を使わなかったし、限界がある事も知らなかった」


異世界から来た猫界の王子で、イケメンになれるキャットか。

ありえないけど、これが現実なんだよね。



「今は……平気なの?」


「昨日が満月だっただろ?少し負担はあるけれど、平気だ」

「それなら良かった」


「これが俺の秘密だ。絶対他に話すなよ?そうなると、俺はこの家から出ていかなくてはならないから」


「うん。秘密は絶対に守る」


キャットがいなくなるなんて嫌だもん。



「美羽、ありがとうな」


「……ん、何が?お礼をされるような事をしたっけ?」

「正体を明かしても、俺を拒絶しないだろ」


「確かに、普通はそうなるよね。でも、キャットは良い人だし、タマが居なくなるなんて寂しいし。だから……かな?」


一人で住んでいた頃は平気だったのに、タマが来てからは居ないと凄く広く感じるようになった。

ここは広い部屋でもないのにね。

それだけタマの存在が大きいって事なのかもしれない。


「……美羽は特別な人間なのかもな」


「……ん、何か言った?」

「いや、別に」


「そ、そうだ。お風呂のお湯出していたんだ。そろそろ溢れちゃう」


キャットは優しい眼差しで私を見ていた。

それがとても恥ずかしくて、慌てて立ち上がると視線をそらしてしまった。



「美羽……黙っていたけど、その格好……他の男の前でするなよ」


「この格好?」


「あぁ、健康的な男には目の毒だ」


キャットに言われるまで忘れていたけど、さっき上着だけ部屋で脱いでいたんだった……。

ブラはしているけれど、キャミソール一枚でキャットの前に座っていた私。

緊急事態だったとはいえ、年頃の男性の前では危険な格好だった。



「キャ、キャット……もしかして、見たの!?」


「見たくて見た訳じゃ無いけど……俺の方が身長高いし、角度的に際どかったかな」


それでも見たんだよね?

あぁ、仮にもイケメンに私の残念ボディを見られたなんてショック。

それなのに、角度的にって見ようとしないでよ……。


「気付いたなら言ってよね、信じられない!」


「……いや、俺は悪くないし。何なら、この機会に俺と一緒に風呂に入る?全て見てやるよ」


キャットがニヤリと笑みを浮かべて私に近寄ってきた。

私の反応を見て楽しんでいるみたい。



「バカじゃないの!キャット、出ていって~!」


「……本当に出ていって欲しいのか?」


「あ、いや……今のは言葉のあやで」


「へぇ、ふぅん……それじゃ、出ていって欲しく無いんだよな?俺が好きなんだろ」


「う、煩い!お風呂に入ってくるから邪魔しないで!」

「アハハ!美羽、可愛いな」


いつまで笑ってるのよ。

すっかりキャットペースになっているし。

それでも何故かそれが心地よかったのは、内緒にしておこう。



ポチャン……。


「はぁ……、あのタマがキャットだったなんて」


今考えてみれば、キャットが神出鬼没な理由がわかる。

むしろ、タマじゃないと出来ないもんね。

現実離れした出来事が自分の身に起こっているのに、動じない私は変なのかな?


キャットは元の世界に帰らないって言っていた。

もし帰る方法がわかったら、帰りたいって思うのかな……。

そうなったら、私はどうするんだろう。

今はそんな事を考えたくないけれど、キャットの為には受け入れなくちゃだよね……。



「美羽~、いつまで入っているんだ?夕飯作ったから早く出ろよ」


「えっ、あ……ありがと。今から出るね」


急いでお風呂から出ると、食卓には美味しそうな料理が並んでいた。

ご飯、大根と油揚げのお味噌汁、サラダ、焼き魚、胡瓜とキャベツの浅漬け。

この短時間でこんなに作れるなんて、キャットって凄すぎる。


王子様っていうのが疑問に思えてくるよね。

もしかしてキャットの国は、王族とか関係なくそういう教育でも受けるのかな?



「ほらボーッとしていないで座れ」


「キャットって手際が良いなって感心していたの。こんなに出来るなら、女の人にモテたでしょ」


「まぁ、そうだな。否定はしないけど」

「だよね……」


そこは嘘でも否定して欲しいと思ったけれど、それもまた変に勘ぐられそうなので受け流しておいた。


「美羽の帰りが遅いから、作っておいたのを出しただけだ。魔法でも凄い訳でも無いぞ」

「そうだったんだ、ありがとう」


そっか、ただ帰りを待っていてくれていた訳じゃなかったんだ。

キャットって優しいな。



「俺は働いていないし、これくらいしか出来ないしな。喜んでくれるなら、俺も作った甲斐があるし。一人で食べるより、美羽と一緒に食べた方が良いだろ」


「う、うん。そうだね、ありがとう」


「ほら、食べよう」


「うん。いただきます」

「いただきます」


キャットってば、きゅんとしちゃうセリフまでさらりと言うのね。

これがあのタマが言っていると思うと、違和感を感じるけれど、キャットが言うとドキドキしちゃうのは、私の気のせいだと思いたい。



「ごちそうさまでした。キャット、美味しかったよ」


「良かった。俺好みの味付けでも合うんだな」


「ちょっと薄味だけど、その方が健康的な感じがするし、美味しいからこのままが良いかな」

「そうか、次に作る時もそうするよ」


「ありがとう」


次も作ってくれるんだ、楽しみだな。

でも、また人間の姿になれるのは満月の日なんだよね。

昨日が満月だったから、次にこの姿を見ることが出来る日はまだまだ先なのか……。



「どうした?」


「キャットの姿を目に焼き付けていたの。暫く会えないでしょ」


中身はタマでも、外見は凄くイケメンな男性が家にいる機会は滅多にないものね。


「俺はいつもいるだろ」


「そうだけど、それはタマの方でしょ。人間の姿は貴重だから」

「そういうものか?美羽が望むなら、人間の姿で居てやっても良いけどさ」


私が望むなら……って、その顔で言わないでよ。

またドキッとしちゃったじゃない。



「それはダメだよ。タマに負担がかかっちゃうもん。無理させるのは嫌」


「まぁ、間違いなく負担にはなるな。今日は別だけど、長時間はキツいな。1~2日は寝れば回復するだろうけど」


「そんなに長く?寝続けるなんて、私の方が心配になるから絶対に止めてね。約束だからね」

「あぁ、わかったよ。極力守るよ」


極力って、完全に守る気は無いのね。

自分の世界にいる訳じゃないんだから例外だってあるだろうし、自分を大切にして欲しいよ……。



「キャット、疲れたでしょ。私が後片付けするから、先に寝てて」

「これくらい大丈夫だよ。でも、先に寝るか」


「うん、そうして」

「あぁ、じゃよろしく」


キャットはタマの姿に戻ると、寝室へと入っていった。

変身の瞬間を見てしまうと、やっぱり猫だったんだって実感してしまう。


あのイケメンとタマが同一人物なのか……。

まだ脳内が混乱しているけれど、現実なんだよね。

夕食の後片付けを終え、さっきまでキャットが座っていた椅子に触ってみると、まだ少し温もりが残っている。

やはり夢ではないと改めて実感し、秘密は守らなくてはと決心するのでした。

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