第6話 佐川遼太郎、来襲!?その2
「雪野さん、何人の男性と付き合っているんですか?両手では数えきれないって聞きましたけど」
「相原、それは噂で嘘。信じるな」
「先輩と付き合っていた時は、今まで噂にもならなかったのに……」
あっという間に私の嘘の悪評が広まり、社内中の何処へ行っても対応が悪く、疲れるばかり。
これも、あのバカ息子のせい。
私を使って楽しまないで、しっかり仕事しなさいよ!
「雪野君、プライベートはしっかり整理しないとダメだな」
「課長……それ、雪野に対するセクハラです」
「おや、失礼。人は見かけによらないって思っただけだよ」
……課長をグーで殴りたい。
部長や主任がいるから我慢も出来るけど、こんな課長に役職を与えるなんて、ここの社長はどうかしていると思う。
「雪野ちゃん、今夜……暇だよね?」
「いいえ」
「嘘はいけないな~。確か、一人暮らしでフリーでしょ?帰っても寂しいよ?」
「寂しくありませんし、帰りを待っていている人がいますから」
正確には、人ではなくて猫だけど。
私の情報、短時間でどう調べたんだろうか。
群がる女性達から選んで誘えばいいのに、何故私なんだろう。
「それ本当?」
「はい」
「俺の誘いを断る口実でしょ?」
「いいえ。事実です」
話を終えると、佐川さんは席に戻っていった。
これだけはっきり言えば、諦めてくれるだろう。
これで就業時間が終われば、面倒事から解放される!と、そう思っていたのに……。
♪~♪~
チャイムが就業時間の終わりを告げた。
私はすぐに机の周りを片付けて、帰り支度を始めていた。
「雪野ちゃん、一緒に帰ろうか」
「はっ?」
「夜道は危ないだろ?だから家まで送ってあげるよ」
「いえ、大丈夫ですから」
佐川さんに送ってもらった方が、身の危険を感じるし。
それに、私と佐川さんが一緒に帰っているなんて噂が広まったら、全女性社員を敵に回してしまいそうだよ。
「でも、雪野ちゃんの家に行かないと、さっきの話が本当かどうか確かめる方法が無いんだよなぁ~」
「……本当ですから」
「じゃ、会って挨拶しようかな」
「……止めてください」
「止めないよ。俺を拒否すると、どうなるかわかるよね?」
佐川さんは、話を全く信じていなかった。
それより、私をからかって遊んでいるように見えた。
「……わかりました。私は帰りますから勝手にしてください」
「よし、じゃ~帰ろう」
「はい……」
……本当に家まで来るのだろうか?
これで家に誰もいないってバレたら、嘘をついたって事で、クビにされちゃうのかな……。
それ以前に、こんな危ない人を家まで連れていくなんて、何かあったらどうする!?
そんな悩みを抱えつつ、とぼとぼと夜道を歩き始めた。
「この辺りって、昔っから何も無いよね~。東京暮らしが長い俺が、こんな田舎に帰って来るなんて信じられないよな」
「ここは、これが良いんです」
自然がいっぱいあって、空気も良くて、のどかで暮らしやすい。
都会が良いなら、会社の後継者を諦めてずっとそっちに居れば良かったのに。
「そうかな?全く良さが感じられないな~」
「暮らしてみればわかります。佐川さんだって、小さい頃は楽しかったんじゃないですか?」
「ん~、友達と山遊びとか川遊びとかはしたけどね。店は早く終わっちゃうし、スナックとかバーはあるけどさ、大人の遊び場が無いってこと。今日は満月だから明るいけどさ、基本暗いよね~」
あぁ……そういうことね。
大人の男としては、夜の遊びがしたいと。
それなら私と帰らないで、色っぽい女の人を誘って帰れば済んだのでは?
「佐川さん、もうこの辺りで大丈夫です。ありがとうございました」
「いやいやいや、ちゃんと家まで行くし。雪野ちゃんの待ち人を見ないと帰らないって言ったでしょ」
「いや、でも……家までは困りますから」
「大丈夫だよ、家の中には入らないし」
……何処までも暇なのか、物好きなのか。
私の嘘を確かめると言っている佐川さんの言動も信じられない気がするけれど、逃げても追い付かれそうなので仕方なく家へと向かった。
「家はあそこです」
「へぇ、アパートなんだ」
「そうです。これで満足ですか?」
とりあえず部屋の前には行かず、家の手前から自分が住むアパートを指し示した。
これで納得して帰ってくれないかな……。
「それじゃ、待ち人に会わせてくれない?」
どうしよう。
今さらタマが待ち人だなんて言えないし、他に追い払う理由を思い付かない。
「えっと……本人に許可もらってきますから、ここで待っていてもらえますか?」
「うん、良いよ」
とりあえず佐川さんを置き去りにし、自分の家の中に駆け込んだ。
さてどうしよう。
どうやって乗りきればいい?
「美羽、おかえり」
「あ、タマ……ただいま」
あ、そうだ!タマに声だけ出してもらって、確認してもらうっていうのはどうかな。
やっぱり、姿を見ないとダメかなぁ……。
「美羽、どうした?何かあったのか?」
「あのね……ちょっと困ったことがあって」
タマに佐川さんの事を話した。
強引すぎて断れなかった事も。
「それなら、俺が解決してやる。だから、俺に合わせろよ?」
「あ、うん。でも、どうするの?」
「大丈夫、俺に任せておけって。美羽は外で待っていてくれ」
タマは自信満々で私を家の外へと送り出した。
そして数分後、玄関から出てきたのは……まさかのイケメンさんだった。
「あの……」
「よっ、久しぶり。美羽、準備はいいか?」
「あ、はい」
いつの間に私の家に入っていたの?
もしかして、タマと仲良しで遊んでいたとか?
疑問だらけだったけれど、今はそれどころじゃない。
まずは佐川さんに納得してもらって、早くここから帰ってもらわなくちゃ。
「佐川さん、お待たせしました」
「初めまして、美羽を送ってくれたそうですね。ありがとうございました」
イケメンさんはタマと打ち合わせをしたのか、私と話を合わせてくれていた。
佐川さんは、イケメンさんを見て驚いている。
嘘だと思っていたのに男性と現れたんだもの、当たり前のリアクションだよね。
「雪野ちゃん、本当に男がいたんだ」
「あはは……まぁ、そうですね」
「そっか、残念。明日から担当を変えてもらうから」
「えっ、あ、はい」
そうか、担当にするのは彼氏がいない人っていう条件だから、即変更するんだ。
どんな目的があるから知らないけれど、徹底してるな……。
「それじゃ、俺は帰るよ。お疲れ様」
「はい、お疲れ様でした。お気をつけて」
佐川さんは、一度も振り返らずに来た道を戻っていった。
これでようやく佐川さんから解放される。
あぁ、良かった~。
「美羽……アイツ機嫌悪そうに見えたけど、これで良かったのか?」
「はい、ありがとうございました。お陰で助かりました」
「いや、俺は別に何もしていないけどさ、お偉いさんの息子だろ?玉の輿狙わないんだなって思ってさ」
確かに、もし佐川さんと良い仲になれば玉の輿っていう道に繋がるかもしれないけれど、私は無理。
だって、あの性格じゃ振り回されっぱなしで疲れるもの……。
「私は良いの。それに、失恋したばかりで暫くは恋愛なんて出来そうもないし」
「そういうものか?良くわからないな」
「この話は終わり。家に入りましょ。今回のお礼にご飯食べていって下さい」
「あぁ、ありがとう」
もし、好きになれる人が現れたら話は別だけど、そんな人が簡単に現れる訳がない。
だからそれまで仕事に専念して、タマのご飯代も含めて生活費を稼がなくちゃね。
「美羽、そういえば俺をこのまま家に入れても良いのか?確か、この間は不審者扱いしたよな?」
玄関先で立ち尽くしていると思ったら、しっかり気遣いしてくれていたんだ……。
「あ……そうだった。でも、今日は貴方のお
陰で難を逃れることが出来たし、タマの知り合いっぽいから……特別です」
「そうか、じゃ遠慮なくお邪魔するよ」
イケメンさんは笑顔でそう言うと、真っ直ぐソファに行き、寛いでいた。
長身でスタイルも良いから、座っている姿も素敵だな……。
どういう経緯でタマと知り合ったのかは知らないけれど、こんなイケメンさんが私の彼氏のフリをしてくれたなんて……と、とてもありがたい気持ちになった。
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