第5話 佐川遼太郎、来襲!?その1

「美羽~、ただいま」


「タマ~、何処に行っていたの!?番猫なんだから、しっかり家を守っていてよね」


全く……留守番さぼって、黙ってこんな時間まで遊びに行っていたなんて。


「……ん?俺、ちゃんと番猫はしていたぞ。美羽が帰ってくる少し前までそこに居たし」


私が帰ってくるのを見たの?

それなのに、声も掛けずに出掛けたなんて……無用心だな。


「タマ、それなら怪しい男の人見たでしょ?」

「怪しい男?そんな奴見ていないぞ。そいつ、どんな奴だ?」

「イケメンの男性で、家の中にいたの。しかも……私の名前を知っていたの。すごく怪しいでしょ」


あの窓から入ってくるなんて、普通はやらないし。

でも、警察に電話するって脅したら、素直に出ていってくれて良かった。

もしそうじゃなかったら、危険な目に遭遇していたかもしれないよね……。



「ふぅん……その男、イケメンだったんだ。美羽のタイプか?」

「タイプか?じゃないよ。そりゃ、すごくイケメンでどきどきはしたけどさ……」

「へぇ~、良かったじゃん。美羽、その男がまた現れたらどうするんだ?告白して付き合うのか?」


問題はそこじゃなくて、不法侵入されちゃった話なんだけど。

タマはそんな事よりも、イケメン男性の話に興味津々。


「自分が通報されようとしていた場所に、また現れる訳が無いでしょ」

「そうか、それもそうだな。美羽、せっかくのチャンスだったのに、残念だったな……」


タマは私に哀れむような眼差しを向けていた。

私が出会いの機会を逃したと?

イヤイヤ、それは違うと思うんですけど……と思いつつも、現実に戻って夕飯作りを再開したのでした。



「雪野、おはよう」


「斉木さん、おはようございます」

「雪野……朝から悪いけど、今から会議室に来て欲しい」

「はい、わかりました」


怪しいイケメンが現れてから数日が経った。

その後は特に何も起こらず、平穏な日々が訪れた。

今朝は早めに出勤してきて用事が終わった為、ちょっと手持ち無沙汰。

まだ仕事モードじゃないんだよなぁと、リラックスしつつコーヒーを飲もうとしていた時、タイミング悪く梅野部長に呼び出された。


「雪野、何かやった?」

「……特に何もしてませんよ。思い当たる事なんて全くありません」

「そっか、とりあえず行っておいで」

「はい」


朝のコーヒータイムを断念し、部長の後に続いて会議室に入っていった。



「そこに座って待ってて」

「はい」


会議室に入るなり、部長は私を置き去りにして何処かへ行ってしまった。

一体何事だろうかと考えていたら、部長が見知らぬ男性を連れて会議室に入ってきた。


「雪野、待たせてしまったね。こちらは、佐川遼太郎君。今日から山田課に配属されるから」

「よろしく」

「あ、はい。はじめまして、雪野美羽です。よろしくお願い致します」


この人が……斉木さんが話していたご子息か。

イケメンな方だけど、上から目線で、俺はモテていますオーラを放っているから、私のタイプではないかな。



「雪野、今日から佐川君をフォローしてやって欲しい。よろしく頼むな」

「へっ!?」


私、まだ主任に返事をしていませんでしたけど?

それ以前に、斉木さんから聞いただけで、正式な話なんて全くされていませんよ!


「そっか、君が俺の担当か。まぁ、俺の好みでは無いけれど、よろしくね」

「あはは、はい。よろしくお願いします」


……う、余計な一言がグサッと刺さる。

好みじゃ無いなら、この場で拒否してくださいよ。


「そうだ、佐川君のゴム印出来ていたよね?直接渡してあげて。それじゃ、席に戻ろうか」

「はい」


もっと先の事だと思っていたのに、こんなに早く配属されるとは。

こんな事なら、担当は拒否しますって早めに返事しておけば良かった……。



席に戻ると、事務所が騒がしかった。

何処から聞き付けたのか知らないけれど、佐川さん見たさに女性達が集まってきていた。

もうすぐ始業時間なのに大丈夫なのかな……と思いつつ、私は自分の席に座り佐川さんのゴム印を引き出しから取り出した。


「雪野……あれって例の人?」


「はい。斉木さん、もしかして……今日からって知っていました?」

「ううん。私は聞いてないよ。確か、来週からって聞いた気がするんだけど」


え……それなら、予定通りに来週からにして欲しい。

先伸ばしにしても担当は私なのかもしれないけれど、心構えがあった方が諦めも付くのに……。



「雪野さん、佐川さん格好いいですよね~」


「あ、うん。そうだね」

「もしかして、雪野さんも狙ってます?」

「ううん、全く」

「本当ですか?良かった~」


相原さん、自分の机でメイク直ししない。

それより、仕事の準備しようよ……。


「雪野、あれは仕方無いよ。ほら、周り見て」

「あはは……凄いですね」


数分前に佐川さんを見に来ていた女性達は、いつの間にかメイクが念入りになって、髪型まで変わっている人がいた。

そして休憩時間を挟む毎に、逆玉狙いのハンターが続々と佐川さんを取り囲むように集まっていた。



「雪野ちゃん、一緒に休憩しようか」


「はい!?」

「ほら、俺が奢ってあげるからさ~」


取り巻きに飽きたのか、佐川さんが急に私を巻き込もうとしている。

凄く敵意を向けられていて怖いんですけど……。


「いえ、私は給湯室でコーヒーを淹れますから。お気遣い無用です」

「俺の担当になったんだし、仲良くしようよ」

「いや、それは私の意思ではありませんから」


私に好意が無いのに、あるフリをするのは止めてください。

背中からの視線が痛すぎるし、佐川さんが変な発言をするんじゃないかとビクビクしている。

それに、佐川さんは私としか話していないから、彼が居なくなった途端、取り巻きの人達に責められそうで、休み時間が恐怖でしかなかった。



「はぁ……」


「雪野、随分やつれたね」

「斉木さん、あの人を何とかしてください」

「……異動するまで無理だね」

「私、明日から休みたいです……」


佐川さんの担当になった事で、朝から振り回されっぱなし。

部署案内をしていた最中に、女性達からの視線が多く集まった。

これは想定内だから気にしないとして、その女性達に佐川さんが意味あり気な視線を送りまくっていた。

それを面白がって、どの部署でも同じ行為を繰り返し、自分の魅力に満足して総務部に戻って来る。


そこまでは、良くないけど……良しとしよう。

その後が問題で、何処へ行くにも佐川さんにアピールしようと女性が寄ってくる。

しかし、側には私がいる。

邪魔物は消えなさいよと、痛い視線を送られるので、その場から離れようとした。



「おい、雪野ちゃんは俺の担当だろ?側にいろ、離れたら、クビにしてもらうからな」

「いや、でも……ですね、佐川さんはその方とお話があるのではないですか?私は終わるまであちらにいますから」


そう答えるしかない。

勝手に置き去りにしたら、主任は大丈夫だとしても課長に怒鳴られる。

だから、嫌でも連れて帰らなければいけないのだ。


「俺は話すことなんて無い。それに、佐川さんなんて他人行儀な呼び方は止めてくれ。『遼太郎』と呼べば良いよ」


「いや、それは……」


「ちょっと、あなた……そんな関係だったの!?こんな女とだなんて信じられない!」

「あぁ、悪いね。俺、この子から離れられないんだよ」


佐川さんの決定的な言葉で、女性は自分の部署に帰って行った。

これは、好みじゃなかった女性への対応。

そしてその女性達が嫉妬心を燃やし、私への嫌がらせをし始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る