第4話 イケメン現る。その2

「ここにしよう」

「はい」


カラン……。

着いたのはランチをやっていそうなお店ではなく、夜しか営業していなさそうなバーだった。


「いらっしゃいませ、『RED―EYES』へようこそ」


昼間とは思えない店内の暗さと、夜っぽい店員さんの対応……。

他にお客さんはいないし、穴場というか隠れ家っぽいな。


「こんにちは。今日のランチを2つお願いします」

「かしこまりました。お好きな席へどうぞ」

「ありがとうございます。雪野、ここに座ろ」

「あっ、はい」


斉木さんに促され、入り口から視界になっている席に座った。



「雪野、早速なんだけど話していい?」

「はい、何でしょうか」


やっぱり何かあったから誘われたんだ。

雰囲気からして深刻そうでは無いけれど、なんの話だろう……。


「お願いがあるんだけど、今度入ってくる男性いるでしょ?」

「あ、はい。佐川遼太郎さんですよね?」

「その人の、サポート頼めないかな」

「サポートですか?でもそれなら、斉木さんが適任じゃないですか?」


総務部の経験なら、私より斉木さんが1年先輩だから詳しいだろうし、人脈だってそれなりに多いのに。


「そう思ったんだけどね、サポート役の条件出されちゃってさ……」

「条件ですか?」

「彼氏がいない人にしてくれって。相原にしようと思ったんだけど、色々と問題ありでしょ?秘密とか守れないしさ」

「はぁ……まぁ、そうですね」


秘密がありまくりな総務部に、何故お喋りで知りたがりの相原さんが配属されたのかが謎なんだよね。



「でね、こう言っちゃ悪いけど……雪野は別れたばかりで、今フリーでしょ?それに任せられるしさ。だから、主任にも提案してみたの雪野はどうですかって」

「なるほどですね……」


確かに、相原さんには無理そうだし(彼氏がいるかも謎だけど)、橋田さんは忙しいし。

うちの課では、他に空いているのは私くらいしかいない……。


「あ、でも雪野が嫌なら断ってくれても良いんだからね。だって、社長の息子さんだからさ……」

「えっ!?しゃ、社長の息子さんなんですか!?」

「うん。佐川って聞いて、ピンと来なかった?」


そうか、うちの社長の名字は佐川だった。

でも、まさか……社長の息子さんが総務部に来るなんて思わなかったし。

そうなると、逆に私で大丈夫なのかが不安だよ……。



「もし負担になったら、私もフォローするから」

「そうですか……」


どうしよう……。

ここで拒否したとしたら、後でうちの部署全体が叱られるって事になるのかな。

何故、うちの課に来るの?

せめて、隣の課にして欲しいよ……。


「お待たせしました。本日のランチです」

「ありがとうございます。雪野、返事はすぐじゃなくても良いから。とりあえず食べよう」

「はい」


目の前に出された出来立てのランチ。

クラブハウスサンドイッチとサラダとスープにフルーツソースがかかったヨーグルト。

とても美味しそうだけど、食欲が無い。

でも作った人に申し訳なくて、味わうこと無く完食し、店を後にした。



「ただいま~」


「美羽、おかえり」


「!?」


「……美羽どうした?固まってるぞ」


「貴方、誰?」


私が帰ってくるのを普段通りという感じで出迎えてくれたのは、タマではなく『夢の中のイケメンさん』だった。

まさか、心労でまた夢でも見ているの?

それにしては、随分リアルだけど……。


「あぁ、そうか。この姿に驚いているんだな。でも、美羽は一度会っているだろ?」

「これって夢の中なの?」

「違うよ。ほら、俺の体温感じられるだろ?」

「ちょ、ちょっと……何するのよ!?」


イケメンさんは私に近付くと、現実だと理解させる為にありえない事をしてきた。



「何って、ハグだよ。抱擁ってやつ。もしかして、キスが良かったか?」

「はぁ?冗談言わないで。とにかく解ったから離れてちょうだい」


超が付く程のイケメンに抱き締められて、私の心臓が破裂しそうなくらいドキドキしている。

それを知ったからか、イケメンさんは意地悪な笑みを浮かべていた。


「美羽、俺はお前の好みのタイプなのか?」

「な、何、変な事聞いてるのよ。それより、私の質問の返事がまだなんですけど?貴方は誰なの!?」


イケメンさんは、私が怒りながら質問したのに全く動じず、私の反応を見て、ますます楽しんでいる。

腕の中から脱出したくても、そうすると力を強めて私を逃がさないようにしていた。



「ふぅ~ん、すごくドキドキしてるな。美羽、こういうのは初めてなのか?」

「こ、こういうのっていうか、普通は初対面の人はこんな事してこないでしょ」


人の家に他人が勝手に入り込んでいる……この状況事態が変だし。

それに、私の名前まで知っている。

もしかして、新手のストーカー!?

イケメンさんなのに、残念で危ない人だったらどうしよう……。


「美羽、変な想像していないか?俺、すごく怪しまれている気がするんだけど」

「へ、変な想像なんてしていないよ!怪しんではいるけれど……」


変な想像って、どんな想像なの!?

自分を差し置いて、私を変人扱いしないで欲しい……。



「はぁ……。せっかく留守番してやっていたのに、怪しむなんて酷いよなぁ~」

「留守番?私、貴方には頼んでいないけど。……あれ?そういえば、タマは何処に行ったの?タマ~」


お腹が空いているだろうし、帰ってきたらすぐに駆け寄ってきそうなのに、名前を呼んでも姿を現さない。

何処かで寝てるのかな……。


「タマ……か。タマに会いたいのか?どうしてもっていうなら、姿を見せてやってもいいけど」

「貴方、タマに何かしたの!?」


だから呼んでも来ないのね。

イケメンさんだからって、動物を虐待するなんて許されないんだからね!



「何もしていないよ。だって、俺は美羽が探しているタマだもん」

「はぁ!?それ、何の冗談?タマは、私が飼っている黒猫の名前なの。貴方は人間だし、猫にはなれないんだからね」

「ハハッ、冗談か……。まぁ、冗談にしか聞こえないよな」


全く、真面目な顔をして変な冗談を言うなんて信じられない。

もしかして、タマが気に入っちゃって飼いたいからそう言ったの?

それならば、正直に言ってくれれば喜んで差し出すのに……。


「ねぇ、本当はタマの居場所を知らないんでしょ?」

「……うん、知らない」


はぁ、やっぱり。

だから変な冗談を言ったのね。



「あぁ、そう言えば……そこの通路側の窓のカギが掛かっていなかったし、家の中で俺は黒猫なんて見ていないよ」

「えっ、窓のカギが開いていたの!?あ……そうか、昨夜換気して閉め忘れたんだ」


それじゃ、台所のあんな狭い窓から部屋に入ったの?

それって……不法侵入じゃない!


「女の一人暮らしなんだから、しっかり戸締まりしろよ。危ないだろうが」

「あ、貴方……私の家に泥棒に入ったのね?け、警察に電話!」


イケメンだからって油断していたけれど、落ち着いて話している場合じゃない……。

震える手でバッグからスマホを取り出すと、番号を押し始めた。


「美羽、待ってくれ!今から俺が出ていくから。あとは、お前のタマが戻れば良いんだろ?だから、警察には電話しないでくれ」

「う、うん……」


イケメンさんはそう言うと、慌てて家の外に出て行った。

何も取られたモノは無さそうだし、これでタマが帰ってくれば一安心できる。

夕飯を作って待っていようかな。


それにしても、さっきのイケメンさんは本当に泥棒なのだろうか?

私の名前を知っていたし、もしかしたら……危ない人だったりして……。

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